2001年10月12日更新(2001年10月22日ページ移動。2003年2月1日および12月21日写真削除)

最近のニュース(バックナンバー)

−−2001年10月第2週−−

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10月12日(金) 同級生の医院で新しい医療の考え方に触れました

 今日は自宅で仕事をしていたのですが、その合間を見て、最近開業した同級生の医院(こちら)で診察してもらいました。

 大きな医院ではないのですが、すでにかなりの患者さんがいました。で、申込をして待っていたのですが......順番が来ない。ずっと待ってもまだ来ない。
 初診の人が多いからという理由だけではないようです。待合室にも診察室の様子が聞こえてきます。内容はわかりませんが、一人一人の問診にとても丁寧に対応しているようです。ですからどうしても診察時間が長くなりがちなのですね。

 いよいよセンセイの番が来ました。「お互い変な気分だな」とか言いながら診察していただいたのですが、やはりとても丁寧です。「時間かけすぎるとお客の回転悪くなるんじゃないの? もっと雑な先生、いくらでもいるよ」と訊いたところ、「俺、そういうのやだから」とのことでした。

 いろいろ考えたのですが、やはりこれからの競争の時代の病院は、時間をかけて患者に丁寧に対応し、高度な診察機器を使って正確に判断することが求められるのでしょうね。

 え"っ? これって、大学も同じだって?



10月11日(木) 社会科見学の中学生たち −−電車の中の一光景−−

 昨日の強風はやはりすごかったようで、下越地方を中心にかなりの被害が出ました。事故を目撃した学生もいました。

 さてこの頃、白新線の電車の中で中学生の小さなグループを見かけることがあります。
 今日も中条町の中学生グループ(上の写真、ちなみに白いシャツの方は引率の先生)、長岡市の中学生グループ(下の写真)が乗っていました。

 これらのグループはいずれも社会見学のようです。

 センセイが中学・高校生の頃は学校単位、小さくてもクラス単位で動きましたが。この頃は少人数で見学するようです。センセイの小二の娘もまさに今日、8人のグループ(ただし保護者同伴)で柏崎市内の見学に出かけました。

 中条町の中学生はすぐに降りたのですが、長岡市の中学生は村上駅まで行くようです。しかも自分たちだけでいろいろなことを決めるようです。中学生の様子を見ていても、ドキドキ、ワクワクしているような様子がうかがわれます。

 たぶん1日だけの社会見学なのでしょうが、今日を終えてた時、きっと沢山のものを得ているんでしょうね。



10月10日(水) 雨の中の柿の実の美しさにびっくりしました

 今日の県内は雨。おまけに午後は強い風が吹いて被害も出ました。皆さんのところはどうだったのでしょう。

 今日はお昼からの仕事だったので、午前も遅くになってから車で出勤しました。
 巻を通過する頃にお昼になったので、有名な「こまどり」に立ち寄ったのですが、お店を出る時に軒先の柿の木に気づきました。
 雨の中、実もすっかり黄色くなっていました。雨の色(?)と、実と葉の色が不思議な光景を作り出していました。

 ずいぶん久しぶりにちょっと食べてみたいな、と思わせる柿の実でした。



10月8日(月:体育の日) 田舎の秋祭りへ行って、少年相撲の土俵跡を見てきました

 この連休、当地は良い天気が続き、絶好の行楽日和だったのですが、皆さんのところはどうだったのでしょうか。どちらかへ出かけられましたか?

 センセイは昨日から実家へ行って地域の秋祭りに参加してきました。実家が今年は「年行事」(ねんぎょうじ)と呼ばれるお祭りの準備の担当なので手伝ってきたのです。代が代わればセンセイも担当することになりますからね。

 お祭りといっても、各戸の入口で獅子が舞い、その後地域の神社に集まって神事と舞を奉納するというものです。村の外れ、高い木立の中に昭和36年に再建された神社があります。

 神社での秋祭りといっても宗教色はそれほど強くありません。春と秋の二回、地域の人が集まって五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願い、また秋の収穫を感謝しつつ、地域の結びつきを再確認するというものです。

 昔は人口も多かったので出店が出たりして子供たちにとってはまさに「お祭り」でした。しかし過疎で戸数も減り、子供の数も激減したので参加者は老人が主です。それでも地域の数少ない娯楽の機会であることには変わりなく、ユーモラスな舞姿に観客がどっと反応していました。(すみませんが、社殿の中なので写真は撮影していません。)

 後片づけを手伝ったのですが、祭りを知らせる大きな旗には「大正十三年」(1924年)と書かれていました。もう77年も使われているわけです。第二次世界大戦への出征兵士もこの旗を見たのでしょう。

 境内の一部に円形の窪地があります(下の写真の手前側)。実はこの場所は少年相撲の土俵だったのです。
 毎年、お盆に、小・中学生全員−−もちろん男子−−が集まり、褌(ふんどし)一つで競うという奉納相撲が開かれたのです。それほど子供が多かったということになります。

 センセイがずっと疑問に思っていたことがあります。地域によって祭りの形態は違いますが、この地区の場合は実りに感謝する秋祭りより、春祭の方がずっと大きいのです。
 神様にお願いだけして、あまり感謝しないなんてどうかなぁーと思っていたのですが、よく考えると、春祭は長く続いた冬の終わりを祝う祭りでもあったのです。昔は雪も多く、冬も長かったので春の喜びは今では想像もできないものだったのでしょう......と今頃になって納得した西村センセイでした。



10月7日(日) 牛丼の吉野屋とすき屋が、相次いで柏崎へ進出!!

 柏崎市内を車で走っていたら、「大志麻」というお店の解体工事が進んでいました。
 大志麻は焼き肉としゃぶしゃぶで有名なお店なのですが、全国チェーンの焼き肉屋の進出などもあって全面改築になったようです。

 びっくりしたのは、跡地へ中華のバーミヤンも進出することです。柏崎は市内に二つの大学を抱えながら、このテの全国チェーンのお店がほとんどなかったのです。

 「なかった」といえば、安い牛丼屋さんも全然ありませんでした......ちょっと信じがたいことですが。
 で、改築中の大志麻の斜向かいにこのたび吉野屋が進出することになり、工事が本格化しています。11月中旬の開店だそうです。

 そして、その吉野屋の近くでは、一足お先にすき屋が開店の準備に入っています。センセイは牛丼はほとんど食べないのですが、すき屋のカレーは時間がない時などに食べることがあります。たいてい煮詰まっていて、ちょっと苦いのですが......。

 というわけで、吉野屋対すき屋という牛丼戦争が柏崎でも始まることになりました。それはそれで興味深いのですが、これらのお店の進出によって一番影響を受けるのはどこかなぁーなどと考えてしまいました。


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