2025年1月24日更新
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■1月24日(金) まさかブルーレイレコーダからの撤退は... ──ソニー、BDディスク生産を終了──
連日、ブツヨクの話題ばかりで申し訳ありません。
ソニーストレージメディアソリューションズ株式会社(製造)とソニーマーケティング株式会社(販売)は昨1月23日、連名でブルーレイディスクメディア、録音用ミニディスク(MD)、記録用MDデータ、ミニDVカセットの生産を終了すると発表しました。((c)SONY)
パナソニックはすでに、一昨年生産終了。昨夏、生産を段階的に終了することが伝えられていたので、全廃はもはや時間の問題だったのです。でも、いざ現実を目の前に突きつけられると、「ついに来たか...」という感じ。
その時にもお伝えしましたが要するに、売れないため商売にならないのです。そもそも一般消費者が放送を録音・録画するというのは、ほぼ日本だけの、それもセンセイのような高齢者の習慣のようなもの。もちろんHDDなどでの一時的録画(「タイムシフト」)は、もう少し広がりが。
また放送局など事業者や、スポンサーの記録と確認──「エア・チェック」という用語の由来──は別。
アメリカよりずいぶん遅れましたが、日本でも広義の「放送」番組視聴はリアルタイム(/録画視聴)から徐々に、ネットワーク上でのオンデマンドへ移行。
センセイ個人はまったく利用していませんが、ネット配信だけのコンテンツも増えたようだし。今回のニュースがあまり大きく取り上げられない──と感じられる──のも、直接影響を受ける人は少ないということを意味しているのでしょう。さて、どうしよう。
もちろん一般論ではなく、センセイ個人として。現在、録音はすべてMac上でデジタル記録ですが、映像は別。テレビ地上波あるいはBS放送などのHDTVを劣化なしに記録できるのは、現時点でBDレコーダのみ。まぁ、それだってデジタルデータをHDD/BDにはデータを単純に記録しているだけなのですが。
センセイはすでに、十分なディスクを確保済。だから直接の影響はありません。また国内メーカーはすべて生産から撤退しますが、海外製のディスクは別。まぁ、信頼性──ソニーのBDディスクでトラブルが起きたのは1回だけ(実話)──についてはわかりませんが。問題はむしろ、ディスクではなくハードウェア。
さすがにこちらは生産から完全撤退ということにはならないと思いますが...。なお今回の報道の陰で、あまり気づかれていないことが。それは業務用データストレージとしてのテープやディスク。ネットワーク上データは肥大化する一方なので、そのバックアップ用メディアの役割が重要になっています。
個人用途ならセンセイを含めて、今はSSD。でも業務用はまったく別。
データ量が少なければ大容量HDDでも対応可能かもしれませんが、限界があります。現在の主流は磁気テープか光ディスク。もちろん有力メーカーであるソニーストレージメディアソリューションズ(株)は十分承知しています。
だから厳しい状況ながらも、今後はリソースをそちらに。ただし例外も。今回生産終了が発表された「記録用MDデータ」は、その記録容量の少なさ故にリスト入りしたはず。その意味で今回の発表内容と、ここに至るまでの経営判断は合理的と考えられます。
つまり、コンシューマは今回の件を受け入れるしかない...。ま、いいんですけど。
■1月23日(木) やはり修行を続けるしか... ──望遠レンズでの「流し撮り」に挑戦してみました──
予定を変更して、タイトルのお話を。
雰囲気がかなり違うので既にお気づきと思いますが、最近は昨日の1枚目の写真など一部を除き、ほとんどの写真を“EOS Kiss M”と年末年始に購入した中古の望遠(梅)/広角レンズで撮影。
つまり、それらの魅力が勝っているのです。もちろん難点も。ある程度の質量と嵩(かさ)があるのはしかたない──それを承知の上で買い求めた──としても天気の悪い日、特に風が強い時は持ち出しが難しい。コンパクトデジカメだと傘の下で何とか撮影できるのです。
スマートフォンもそうでしょうが。でもこれくらいのサイズになると、もう、無理。今日の当地は雨がち。だからコンパクトデジカメだけを鞄に収めて外出するつもりだったのです。
集中講義の準備に一区切りがついたので外を確認すると、これから1時間くらい曇りが続きそう。というわけで、徒歩での外出のお供を“EOS Kiss M”ミラーレスに差し替えました。特定の何かを撮影する予定はなかったのですが、何となく持ち出したくなります。
スーパーで晩酌用の刺身を買って歩いていると、JR信越本線の踏切警報音が。間もなく、下り特急「しらゆき3号」と札幌ターミナル発大阪ターミナル行──まるで「トワイライトエクスプレス」だ──の「4060レ」貨物列車が、すぐ近くですれ違うのです。
鉄道用語としては、「離合」。せっかくの機会なので「流し撮り」に初挑戦することに。両列車の相対速度は約220km/h。それが約100m離れた線路上ですれ違います。
列車の遅れがなかったとしても、おおよその場所しかわかりません。(毎回、微妙に異なる)
そこで慌てて動いたりせずに、この場所で撮影することに。“EOS Kiss M”には「流し撮り」モードもあるのですが、今回は手動制御。(ただしAF)
モードを「シャッター時間優先」に切り替えて、速度を1/20sに設定。先に接近してきたのは1枚目の「4060レ」。機関車はJR貨物が発注した赤いEF510型0番台4号機でした。(1枚目。拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
写真には写っていませんが機関車後部、運転席脇には「がんばろう! 能登・北陸」という大きなシールが貼付されています。ちなみにJR東から貨物に転属した500番台は青ないしは銀。機関車の中ほどが上下に黒っぽいのは、架線を支えている線路脇の電柱が入っているためです。
jpegフォーマットの制約──撮影技術とは無関係──で機関車が貧相な色ですが、実際はもっと充実した赤色。程なく右側から「しらゆき3号」(2枚目)の姿が。「上沼垂色」のH202編成です(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))。背後に水平方向の黒っぽい線が目立ちますが、これはEF510に牽引されたコンテナ群。
つまり両列車が、まさに離合の真っ最中なのです。一見すると、それなりの出来と感じられるかも。
でも拡大写真をご覧いただくとわかりますが、とても及第点とは言えません(特に2枚目)。列車は高速で走行しているので、それを考えるとシャッター速度はもう少し短い1/30s程度が適切と考えられます。
もしかすると1/60s程度ですら良かったかも。でもこれらについては、やはり修行を続けて経験「知」を得るしかなさそうです。
■1月22日(水) 海岸沿いに建つ当地のホテル、もしかすると「窓ガラスが吹き飛んだ」だけでなく...
時系列的には昨日の続きですが、内容は別。
帰路、直江津駅で6本目つまり最後の信越線に無事乗り換えて、眺望の良い海側(=北側)の席に座ります。柿崎駅を過ぎてしばらくすると海岸線のすぐ脇を走行。海は凪。「鏡のような...」とまではいきませんが、穏やかな表情
米(よね)山(旧「鉢崎(はっさき)」)駅そして笠島(2枚目の写真)駅と、順に停車。乗降客は皆無。短い単線トンネルを抜け、左後方に「お弁が滝」を見ながら「日本で一番海に近い駅」青海川(おうみがわ)駅に到着...え"っ?!
青海川駅(1枚目の写真左下隅)からだと、強風で窓が大きく損壊したした「ザ・ホテルシーポート」は左前方の崖の上。何げなく見上げると、確かに3階ロビー北側(左側)の窓が外壁の一部とともに破損しています。(2枚目の写真)
「やっぱりなぁ」と思っていると...何か変。繰り返しになりますが、駅からだとホテルはかなりの高い位置に。そのため前面の建物の陰になって判然としないのですが、後方にある建物の外壁や窓が破損しているように見えたのです。
念のため、メモ代わりに1枚撮影。(別ウィンドウ、1280×960))センセイが把握している限り、この件は報道されていないようです。でももしかすると、たまたま工事中だったのかも。
その日はそれ以上の展開はなし。帰宅すると実家から呼び出しが。予定外の所用で翌20日(月)の午前中、実家に詰めて欲しいというのです。
来月初めに実施する集中講義の準備で忙しいのに...。でも、ま、「泣く子と地頭(じとう)」そして高齢者には勝てません。翌日は自動車で移動して、8時半過ぎからお昼まで実家に。倖い、用は何事もなく終了。
この機会──用がないのに市内で車を走らせることはない──に、件(くだん)のホテルの状況を確かめることにしました。1枚目の写真は西隣の松ヶ崎つまり「お弁が滝」の上から、ホテルが位置する「鴎が鼻」岬を見たもの(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))。岬の先端部には、通称「恋人岬」展望台があります。
この地域の地形は、典型的な海岸段丘面と段丘崖(がい)。(≒リアス式海岸)右端の赤い構造物は「米山大橋」。中央右寄りに現在の信越本線のトンネル、そしてホテルの真下にも黒い部分が。これは単線時代の信越本線旧線のトンネル跡で、もちろん現在は廃止されています。
なお反対側はコンクリートで塞がれており、一見しただけでは存在すらわかりません。
2枚目の写真はホテルを望遠レンズ(35mm換算480mm)で撮影したもの(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))。1枚目と色合いが雰囲気がかなり違いますが、これは1枚目を小型デジカメで撮影しているため。
「神」広角レンズも持参していたのですが、やや厳しい撮影状況だったので今回は断念しました。肝心の、強風によるホテルの被災状況ですが、まず「窓ガラス」については想像以上。ホテルが公表し、報道各社が伝えた被害より、はるかに甚大です。
状況からして、当地では予想もできなかった突風が吹いたのではないかと推測されます。そしてその背後に並行して建つ別棟はご覧の通り、さらに悲惨。高い階──たぶん5階──の西側外壁の大半が吹き飛び、大きな窓が5カ所損傷しています。
とても改装等の工事によるものとは思えません。(工事なら、周囲に仮設の足場を組み、シートで囲む)現在のところ、お伝えした以上の情報はありません。でももしかすると、ホテル側の「・・・建物に重大な損壊が発生し・・・」というのは、別棟のこの被害を含んでいるのかも。
なお、以上はその気になれば誰でもアクセスできる客観的な情報によるもの。これより先は、必ずしも事実にもとづかない(かもしれない)内容になる可能性があるため、言及は控えます。
お伝えしていませんでしたが、個人的には小学校高学年の時から時々、このホテル──当時は「米山会館」だったはず──にお世話になっていました。市の「道の駅」開設の関係で、関連施設とともに現在は一時閉鎖中。
そんなこともあって、今は無理だとしても近い将来、ぜひ元気に復活していただきたい。再びのご縁を願っています。
■1月21日(火) まるで国際列車だ ──大糸線の今後は、インバウンド需要の取り込み次第? ──
南小谷(おたり)ツアー最終回。
柏崎駅から乗車した特急「しらゆき」も、上越妙高駅で乗り継いだ「はくたか」も、車内はガラガラ。自由席の乗車率はいずれも10%程度。乗客の顔ぶれはというと、いつもと変わらず。私用と観光客が大半ですが、日曜日なのにビジネスパーソンも。
ただし新幹線で気づいたことが。上越妙高駅のコンコースやホームに、外国人客の姿がそれなりに見られるのです。欧米人が大半──知らない言語はなかった──ですが、中国/台湾の方も。今回、東南アジア系のお客さんは見かけませんでした。
乗り換えのために糸魚川(いといがわ)駅大糸線のホームに降りた時点で、乗客はセンセイだけ。程なく車庫から回送されてきたキハ120型が入線。ドアが開いたので乗車して座席を確認、確保します。数分後、若い日本人男性が乗り込んできて、センセイの前のボックス席に着席。ここまでは、いかにもありそうなパターン。
しばらく間があってからゆっくりとやって来たのは、欧米人ファミリー。アジア系の顔立ちをした女性中年を含む7人連れ。彼女もネィティブの米語を話していたので、たぶん日系アメリカ人でしょう。続いてパラパラと数名の欧米人とアジア系。若いカップルは日本人だろうと思ったのです。
でもどうやら二人は、中国/台湾人らしい。最後の最後、「いつもの電車」で最後に駆け込んできたのは日本人ばかり。結局、発車時の乗客約30名のうち日本人は約10名で、残りは外国からのお客様。
地域に密着した路線なので、買い物や移動で数駅だけ利用する方もいらっしゃいます。それが順々に下車して、写真の南小谷駅に着く頃には、おぉ、国際列車状態。誤解されると困るのですが、オーバーツーリズムを主張したいのではありません。そんな場面、少なくとも今回は見かけませんでした。
確かに文化や習慣の違いはありますが、皆さん問題なく行動。むしろ良い意味で、オープンマインド。彼ら彼女らが向かうのは主に、南小谷駅の先にある白馬。一部の方は松本まで行くものと思われます。函館本線(通称「山線」)のニセコや飛騨高山同様、白馬は外国人に大人気。
白馬のスキー場を訪れた人によると「滑っているのは外国人ばかり」とのこと。お伝えしたように大糸線はJR東西ともに折り返し運行。松本からの列車が到着し、日本人数名が乗車。一時的にバタバタしましたが、すぐに落ち着きます。
できれば駅前の「石川売店」(2枚目の写真。「石川商店」とは別)でお土産を購入すべく、駅舎の外へ。残念ながらお菓子くらいしかなかったので、目的は達成できませんでした。
石川売店前で様子を見ていると、ひっきりなしに大型/マイクロバスが出入りします。利用しているのは外国人ばかり。どうやら白馬方面からここまで送迎しているようです。
「あずさ5号」の到着時刻が迫ってきたので列車に戻り、撮影の準備に。写真(2枚目)でおわかりの通り、南小谷駅で「あずさ」から大糸線に乗り換える場合、必ず跨線橋を渡る必要があります。実はそれなりに時間を要するのです。
到着時点での「あずさ」は9両編成。(松本で後部3両を切り離す)大糸線に着席するためには、最後から2両目の5号車後部左側ドアで待機する必要が。でも当然のことながら初めて乗車する方が大半なので、そんなこと知る由もありません。
センセイはというと写真撮影後、ゆっくりと歩いて大糸線の列車内へ。数分後に興奮気味の人たちが猛ダッシュ状態で大糸線の車内に押し寄せ、あっと言う間に席が埋まります。センセイも前回は、ロングシート席しか空いていませんでした。
それもあってか往路とは対照的に、列車内はどこかギスギスした雰囲気。1両編成の大糸線は定刻に発車。50人前後の乗客は、ほとんどが日本人。明らかに外国人だとわかるのは、センセイに続いて乗車したスノーボードの欧米人──たぶん南小谷駅までバスで送ってもらった──と、中国/台湾人の若い男性2人だけ。
後者は「あずさ」からの乗り継ぎ組で、着席できたのは終着の糸魚川手前。何かトラブルが起きたわけではないのです。でも今回、大糸線で南小谷まで往復して突きつけられたのは、いろいろな意味で──そしてセンセイ自身を含めて──この国が「貧しく」なったという事実。
お金だけを論じているのではありません。13年前、初めての南回りでオランダまで往復した際、強烈に感じたアジア系の人の「今の生活は厳しいけれど、これからどんどん良くなる/良くするぞぉー」という活力、そして長い歴史に裏付けされたヨーロッパの底力。
後者は専門なので、個人的にはそんなに驚きませんが。少なくともそれらに相当する「力」が失(う)せています。いよいよそれが目の前の現実になったんだなぁー...と思い知らされながら、やや猫背で自宅へ向かったセンセイ。
でも着眼点を変えて、廃線すら話題にのぼる大糸線に限ってみればどうだろう。
容易にお察しいただけるように、今後の展開は「いかにインバウンド需要を取り込むことができるか」という面が。実際、外国人は白馬までの経路を良く研究しています。彼ら彼女らの前向きな姿勢はしっかりと存在。
他方、行動を見る限りJRその他のサポート態勢もそれなりにある──ただし、たぶん不十分──ようです。要するに、問われているのは(センセイを含めた)我々だ...ということなのでしょう。
■1月20日(月) 「先即制人、後則爲人所制」 ──連続乗車券、その概念はすでに希薄らしい──
今回のエクスカーション(小旅行)、目的はお伝えしたように「あずさ46号」
乗り見納め。それを達成するだけなら、9時前に発車するいつもの電車に乗り、その先2回乗り継ぐだけで実現できるのです。この経路での運賃は片道2,240円。でも退職後は出かける機会が激減しているのでこのチャンスに、できるだけ大糸線沿線の風景や人々を味わいたい。
混雑が懸念される日曜日にもかかわらず、晴れの日を優先したのもそのためだし。となると、座席も重要。大糸線で運用されるキハ120型のボックス席は僅かに四つ。往路は昼に南へ向かうので、どうしても前方から日が射し差し込みます。それでも西側の席の方が条件は良い──帰路は東側──のですが、西側席の前方にはトイレが。
つまり視界が良い西側ボックス席は一つだけ。それを確保するためには、「先即制人、後則爲人所制」(「先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制せらるる所と為(な)る」司馬遷『史記』項羽本紀)。「いつもの電車」だと、大糸線発車時刻1分前に糸魚川(いといがわ)駅到着。
ホームは概ね隣接。しかも、よほどの遅れがない限り乗客の乗り換えを待ってから発車するので、乗り遅れる可能性はきわめて低いのです。普通の時期ならボックス席が空いていることも。(つまり、それほど乗客が少ない)
でも、今は白馬方面へ向かう観光客が多いシーズン。他方、帰路はまず間違いなく楽勝。センセイが乗車する列車が南小谷(おたり)駅に着いても、接続する列車はまだ到着していません。すぐに乗車してくる人は、いたとしても1人か2人。
実際、今回乗り込んできたのは大きなスケートボードセットを抱えた若い欧米人男性だけでした。何かもう一工夫する必要があります。しかも、もう一捻り二捻りすると、運賃等の料金が大幅割引に。というわけで今回センセイが確保したのが、写真の乗車券2枚。(+特急券2枚)
何がどうなっているのでしょうか。実際の乗車を時間順にお伝えすると、センセイはまず9時前の特急「しらゆき2号」自由席に乗車。柏崎駅で「いつもの電車」を追い抜きます。そのまま──旧北陸本線ではなく──旧信越本線で上越妙高駅下車。
新幹線嫌いのセンセイが、今回は北陸新幹線に乗り換えて糸魚川駅へ。この方法だと「いつもの電車」より20分早く到着できます。ちなみに糸魚川で下車したのはたぶん、センセイだけだったと思う。これならかなり確実に良い席を確保できるはず。
もう一つのポイントは、茨目─白馬間という乗車区間。(帰路は常識的な経路)運賃でお気づきの方も多いと思いますが、このように行きと帰りで乗車経路を変え──「連続乗車券」──て、JR区間を201km以上にすることで特急料金を含めて「ジパング倶楽部」割引を受けることができるのです。
正確に言うと、そのままでは乗車距離が不足。そこで「東京から新幹線で新神戸まで往復する時は...」──ただしこちらは「往復割引」──に似て、実際には利用しない白馬までの乗車券を購入しています。帰りは柏崎駅の一つ先、茨目駅で下車ましたが、これは別の理由。
途中にあるスーパーで晩酌用の刺身を購入て帰ろうというのです。(往路は柏崎駅出発で問題ない)「ここまでするかぁ?」というのが普通の感想でしょうが、乗り鉄はたぶんこれくらい当たり前。ちなみに、新幹線で隣の駅まで乗車する際の「特定特急料金」が適用されることもあり、特急券を含めた総費用は5,330円でした。(そもそも、費用の問題ではない)
なお今回はどのような経路を選択しても割引のない「会社線」──JRの表現──こと第三セクター路線に乗車するため、運賃等が単純に30%割引になるわけではありません。で、結果はというと、すべての列車でパーフェクトゲーム。
柏崎駅では「連続乗車券に」と、くどくお伝えしました。でも結果的にはそうなっておらず──券面上部に記載がない──片道乗車券2枚となっています。実はこのような「連続した片道乗車券」でも、運賃そのものは連続乗車券と同一。
ただし有効期間が異なります。連続乗車券は、総乗車距離に応じた有効期間が適用されます。要するに、長い。現役時代のセンセイのように、あちこちで用務を果たしながら列車に乗車する──途中で「講義のために金沢に立ち寄る」ことすらあった──場合には便利。
でもこれはやはり、旧国鉄時代の発想なんでしょうねぇ。国鉄民営化から30年以上が経過。昨年初春の山陰ツアーの時と同じく、比較的若い駅員──ただし今回は中堅社員──には、もはや「連続乗車券」という発想自体が希薄らしい。もちろん知識としては知っているのでしょうが。
今回は途中で別なミスがあったのですが、さすがにそれは修正。連続乗車券については発券後すぐに気づいたのです。気分としてはすっきりしないものの、直接の不利益はないのでそのまま受け取って帰りました。後ろにお客さんが並び始めていたということもあります。
ま、いいんです。問題は「旅」の中身。そして、そこから何を学ぶかということなので。
※追記:昨日のこのページにおいて、原因は不明ですが一部の写真へのリンクが切れていた可能性があります。お詫びいたします。なお、現在は修正済です。
■1月19日(日) 鉄道の旅は広角のカメラだけでいいかも... ──特急「あずさ46号」乗り見納め──
鉄道旅行のお供はもちろん、大判の時刻表と正統派の地図が大前提。今回は、その上で...というお話。
また「乗り納め」でなく「見納め」にも理由が。鉄道各社は昨年12月、2025年ダイヤ改正の概要を公表しました。センセイの場合、JR東日本の改正にかなり影響を受けます。その一つが、前任校への「通勤」。
加齢が進行しているので、これまでのような集中講義は厳しい。倖い、大学当局のご理解もあって、来年度から通年つまり毎週実施できそう。でもその際は、できるだけ電車で通勤したい。自動車だと新潟市の「新新(しんしん)バイパス」という交通量の多い道路を走る必要があるのです。
もちろん学期始めなどに、稀覯(きこう)本や嵩張る教材を運ぶ時は仕方ない。電車だとざっとその倍の時間がかかるのです。でも、何より安全第一だし事故等でよそ様に迷惑をかけたくありません。現行ダイヤなら「ちょっと早起き」で何とかなりそうだったのですが、ダイヤ改正の影響は大きそう。
う〜ん、どうしたものか...。仕事以外にも影響が。その一つが大糸線。風光明媚な路線で、センセイのお気に入り路線の一つで、比較的近いこともあり、これまでに15回くらい乗車しているはず。同線は長野県北部の南小谷(おたり)駅以北がJR西日本、南は東日本の所属。
それでも乗り継ぎは割と良い方。割と有名な話だと思いますが、中央本線(通称「中央東線」)を走る特急「あずさ」の中の1往復(「あずさ5/46号」)が同駅まで乗り入れています。
南小谷駅で乗り換えるだけで都内と糸魚川を行き来できるという、センセイにとって夢のような列車。個人的には2022年に都内で開催された学会からの帰路など、これまでに6回くらい乗車しているはず。ところが春のダイヤ改正で運行区間が短縮されて、数駅南の白馬駅止まりになるのです。
これはもう、乗るしかない。問題は、乗車日と経路。大糸線の新潟─長野県境付近は地形も急峻で冬季は雪も多く、しばしば不通に。だから少し暖かくなってからでもいいのです。
でも大糸線の見どころの一つは、この厳しい冬の運行。只見線同様、「本当にこんな地獄のような場所を列車が走行するのか...」という場所を走り抜けます。(運行側の皆様、わがままな乗客の勝手な意見で申し訳ありません)
自宅からだと、乗車経路も問題。折り返しの「あずさ46号」に乗ると都内到着は19時過ぎ。昨夏も考えたのですが、肝心の用件に遅れてしまいます。しかもその先に、特に訪れたい場所がありません。松本で篠ノ井線に乗り換えて戻っても、自宅到着は夜。
我が家の「門限」を過ぎてしまします。
詳細については近日中にお伝えできると思いますが、今回は「あずさ46号」乗車を断念して、南小谷駅で折り返すことにしました。その代わり、良い天気の日に乗る。
1枚目の写真はその途中で撮影したもの。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))写真中央下部は「姫川」の河原。下流方向を撮影しています。概ね右岸(右側)が長野県、左岸が新潟県。「雲一つなく...」とはいきませんが当地には珍しく、ご覧のような好天です。
気象庁の天気予報が確度の高い「A」ランクだったので、数日前に乗車券類を手配しました。荒れた日の厳しい大糸線も素晴らしい──関係者の皆様、再びゴメンなさい──のですが、穏やかな冬の日の大糸線も魅力的。ちなみに今回は広角レンズだけで撮影しています。(ガラス越しに撮影)
鉄道の旅のお供は、(時刻表と地図と)広角レンズを装着したカメラだけでいいかも。2枚目の写真は南小谷駅構内。まずセンセイが乗ってきた1両編成のキハ120型が中央の2番線に到着。数分後、松本からのE127系100番台電車が左の3番線に入ります。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
約20分後、新宿始発のE353系(こちらやこちら)「あずさ5号」が1番線に。個人的にはこれからも大糸線には乗車するだろうと思いますが、この三役揃い踏みを目にする日はもう来ないはず...。
12時過ぎに左の電車が松本へ向けて出発。その数分後、センセイを乗せた気動車が南小谷駅を後にします。で、折り返し運転の「あずさ46号」はというと、ここで15時の出発まで約3時間のお昼寝。
すでに2名の女性職員による清掃が始まっています。
もっと早く上りの「あずさ」を運行してくれたら、センセイの利用回数も増えたんだけどなぁ...。
個人的な願望はともかく、大糸線──特にJR西日本区間の県境付近──は四季に応じた、そして日々刻々と変化する魅力ではち切れんばかり。ホントに。
センセイに騙されたつもりで、ご乗車をご検討いただければと思います。
※追記:更新当日、一部の写真へのリンクが切れていた(原因不明)可能性があります。お詫びいたします。なお、現在は修正済です。
■1月18日(土) つくづく、Wordは使いにくい... ──写真入りの寒中見舞いを作成しました──
よくご存じ、あるいはお気づきの方も多いと思いますが、センセイは怠け者。
もっとも典型的なのが、締め切り間際にならないと仕事を始めないこと。実は来月上旬に前任校で集中講義の続きを行うことになっています。非合理的な理由で3年ほどブランクがあったため、今年度は教材を大幅に更新。
実は、従来のものを使ってもかまわないのです。ただし基本的にはパワーポイントが存在しない時代に制作したもの。テキストや一部画像は再利用できますが、受講生に最新の情報をお伝えしたいこともあり、やはり全体は作り直すしかない。
それはわかっているのですが、昨夏は割と何とかなったので、腰が重い。「年内(=昨年)には...」が「年が明けたら今度こそ...」になり、最後は「さすがに中旬になったら...」。
トホホ。
印刷作業は先方が担当してくださるので、こちらはワードとパワーポイントのファイルデータ(+α)を作成、提供しさえすればいいのです。でも高精細度の画像を多数使用するため、データ総量は数百MBになるはず。
昨夏つまり前半部分のデータ量は、300MB弱でした。教材が完成したら、このサイトの空き部分──契約容量の0.3%(!!)しか使用していない──を使ってFTP転送するつもり。
でも何らかの理由で転送できない場合は、データをUSBメモリなどに格納して事前に郵送するしかありません。それを考えると、もう時間がない。というわけでさすがに最近は、割と真面目にお仕事。
でも実は、教材制作より急ぐべきものが。寒中見舞いの作成と投函です。
センセイ自身が昨年(喪中ハガキの発送は一昨年)そうであったように、人生にはどうしても欠礼しなければならない場面があります。喪中葉書を頂いてもこれまでは、相手に応じて何もしないか手書きの寒中見舞いを送っていました。
でも今年は今後も考えて、再利用可能な寒中見舞いを作成することに。デザイン(写真)はほぼ、毎年の年賀状に揃えました。旧Mac OSの“PageMaker”という業務用のソフトを使ってサクサクと作業したところ、20分ほどで終了。されど残念ながら、このファイルは使用不可。
(再び)トホホ。旧Mac OS対応の貴重なプリンタを売却して非対応のものに更新したため、そのままでは印刷できないのです。それでもPDFファイル化できれば...と思ったのですが、途中に入る特殊なソフトが正常に動作せず。
昨年末、民生用のソフト──中間のソフトを使用しない──ならPDF化できたのですが...。今後のことを考えるとWindowsの汎用性の高いソフトを使うしかありません。具体的にはワードかパワーポイント。後者は割と何でもできるのですが、精密な作業には向きません。つまりワード一択。
手抜きをしてもいいのなら、実は割と何とでもなるのです。実は、A4サイズの紙は葉書のほぼ4枚分(正確には異なる)。だから1枚を制作して4枚割付で印刷したり、頑張って1ページに4枚作成すれば手間が省けます。
でも、ちゃんと作成しようとしたその瞬間、目の前に越えがたい壁が立ちはだかります。業界用語で「くわえ」──「銜(くわえ)える」に由来──と言うのですが、ちゃんとした印刷でもプリンタ印刷でも、最外周には紙を引っ張る部分が必要。当然、その部分には印刷できません。
プリンタの場合は余白とほぼ同義だと理解していただいてかまいません。具体的には、周囲に白い部分が残ってもいいのならさほど問題はないのです。でもセンセイは写真左側上部のように、本来のスペースの外側まで印刷。
印刷後の紙を本来のサイズに裁断(「裁ち落とし」)することで見かけ上、最外周まで印刷。そのためには写真のように周囲に余裕を持たせて印刷し、かつ、裁ち落としの目標となる「コーナーポイント」──写真の線は手抜き──を印刷する必要が。
ワードにも「裁ちトンボ」(「オプション」→「詳細設定」)という項目はあるのです。でもこれは文字入力の端を示しているだけで、印刷業界の使い方とは別(ただし、ここで「段落」→「(左右の)インデント」を使うという方法はある)。しかもワードには「マスターページ」という概念がないらしい。(パワーポイントには存在)
ワードにもヘッダ/フッタおよび印刷時の透かし機能は存在しますが、制限が多い。というわけで、すべてを手動で微調整しながら作業を進めます。少しでも本文をいじると全体がおかしくなります。でも今回はそれなりのものを相手様に届けたいので、ここは臥薪嘗胆(がしんしょうたん)。
右側は本物のハガキをスキャンして仮貼りしています。「郵便はがき」という文字や郵便番号の枠を作成して仮画像を削除したら完成。(表面右半分のフローティング部分)
なお上下の文字位置や文字間隔、そして「長体(ちょうたい)」や「平体(ひらたい)」──ワードでの表現は異なる──の設定については、ワードでもかなり対応できることを念のために申し添えます。本当は2ページまで同内容を作成し、両面印刷機能で一気に2枚作成するつもりだったのです。
でもストレスが高まってきたので、断念。(相手様へのストレスではありませんので、誤解なきよう)最後は印刷。確実に刷るため、市販の用紙の中ではかなり重く──128g/m2──しかも綺麗に印刷できる白いマット紙に出力。もちろん問題なく印刷できました。要らない紙を下に敷いた上で、手作業で裁断。
切断面のザラザラがちょっと目立ちます。しかも市販のハガキに比べるとペラペラ気味ですが、そこは手作りということでお許しを。
それにしても教材作成同様、もっと前から始めていればこんなことにはならなかったのに...。
(3回目の)トホホ。
■1月17日(金) 水かきで水面を蹴って飛び立つんだ... ──激しく運動する生物の撮影は難しい──
今日は金曜日。つまりセンセイにとって家族サービスの日。
別な用を先に済ませるべく、1週間ぶりに車を使って前倒しで出発したのですが、そちらの用はあっさりと終了。このまま実家へ向かうと到着が早すぎます。
そこで、ちょっと気になっていた「長峰大池」を経由することに。気象庁の「風雪強し」との予報にもかかわらず、少なくとも日中は天気が回復したこともあります。お伝えしたように前回は天気が良かったからか、池に留まるハクチョウは僅か。
大半は少し離れた餌場(こちらやこちらなど)でお食事中だったはず。車を走らせていると、おぉ、池に近づくにつれて、あちこちの田圃そして上空にハクチョウの群れが。どうかなぁーと思いながら長峰大池到着すると先日とは打って変わり、多くのハクチョウが休んでいます。
その数、ざっと100羽前後。ちなみに駐車場に車は1台、つまりセンセイだけ。後から改めて確認したところ池の反対側、遠いところに2名の方がいらっしゃいましたが。
ハクチョウはというと、以前のようにこちらを警戒している気配はありません。人間が少なく、また存在したとしても距離があるので安心し切っています。基本的には休憩中ですが食後の運動(?)なのか、割と活発に動くものも。
引き揚げようとして車に向かいかけた時、背後から「バサバサッ!!」という大きな音が。4羽のハクチョウが、まさに飛び立とうとしているところ。急いで態勢を立て直して撮影したのが写真。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
写真は中央の2羽(原寸切り出し)ですが、よく見ると離水する直前に水かきを使って水面を蹴っています。漠然とは認識していましたが、ちゃんと見るのは初めて。
ハクチョウは大きく質量があるので、その場ですぐに離水...とはいかないのです。4羽は池の周囲を一周した後、まるでからかうかのようにセンセイの真上を通過して、近くの仲間の所へ。今回は「松」望遠レンズを使用して、運動する生物を初めて撮影しました。
やってみると、本当に難しいというのが実感。それなりに高速で移動する被写体を高倍率レンズで追尾しているので、そもそもファインダー(/液晶画面)の中に捉えられないことが多い。
上手く収めたとしても、今度はピント──すべてAFで撮影──がなかなか合いません。今回や滑空時のように、動きがある程度予測できる場合は何とかなることも。でも実際には、予想外の動きばかりする被写体を追いかけているので、ピント調整が追いつきません。
露出も課題。ピント同様、明るさもすべてオートを選択したのですが、時々雪が吹き付ける曇天とはいえ、空は相対的に明るい。
その中を飛翔するハクチョウを地上から撮影すると、空の明るさに負けてかなり暗く写ってしまいます。ハクチョウはまるでコクチョウに(実話)。晴天のスキー場で撮影した人物写真の、肝心の人間が暗く写ってしまうのと同じ理由です。
他方、今日の写真のように周囲が相対的に暗いと逆に、肝心のハクチョウの露出がオーバー気味に。今日の写真でもハクチョウの羽根の上部がほぼ真っ白。「白飛び」と言われても反論できません。実際のハクチョウは、こちらやこちら(いずれも別ウィンドウ、1280×960)のように、そんなに白くないのです。
誤解なきように申しますが、今日はカメラやレンズの問題点を挙げたいのではなく、センセイの撮影テクニック不足を吐露(とろ)しただけ。もちろんピントや露出の設定──現在はほぼデフォルト──については、よく調べて直す必要があるはず。でも、それ以上に磨かなければならないのは技量。銀塩写真の時代とは違い、高価なフィルム代や現像、焼き付け費用を考慮する必要性は低下。
この好機を生かして場数を踏み、経験知を積み重ねる必要があります。そのスタートラインに立った日の情けない記録ということで、今回はお許しを。
■1月16日(木) こうすることに、何の意味があるんだろう... ──ビルの「テナント募集中」──
文章が長くなりすぎているので、今日は手短に。
写真は市内のディスカウントストアを出たところで撮影したもの。道路の反対側には3階建てのビルがあり現在はご覧のように、1階右側1/3に美容院が入っています。左側2/3は、こくみん共済のお店。
問題は2階。ここにはかつて保険会社が入居していたのですが正確なタイミングはわからないものの、割と最近撤退。当然、家主および管理会社は次のテナントを募集します。
それ自体は何ら問題ないのです。でも写真をよく見ると、左の窓の内側から張り出された「テナント募集」という掲示は正常ですが、右側は「集募トンナテ」。もちろん逆順にしたもの。
こうすることに、何の意味があるんだろう...。商用自動車の場合には走行方向を意識して、右側側面に「右から左」に社名等を記すことがあります。数字や外国語表記との関係でしょう、最近は滅多に見かけませんが。
また珍しい例として、こちらの「イエローハット」も。趣旨は同じと考えられます。「同じ」とはいえないものの、警備会社の車両などが前を走る車ら不審に思わないよう、鏡文字で「日中ライト点灯中」などと書かれた大きなシールを車体前面に貼っていることも。
先行車両からはミラー越しに、ちゃんと文字を読むことができます。今回もその可能性がないわけではないのですが、それなら「」とするはず。それに2階という高さを考えると、自動車のルームミラーおよびサイドミラーで読むのは難しい...。
要するに、「わからない」というしかありません。
■1月15日(水) ここにも人間の愛情の尊さと、業の深さが... ──列車内から見た「お弁が滝」──
お気づきかと思いますが、今回のツアーではかなり気合いを入れて撮影。(ただし技量は問わぬよう)
最近購入した望遠および広角レンズ──いずれも中古──の、使い勝手を含めた「性能」を確かめるためです。センセイがそれらの性能を見極めるなんて絶対にできませんが、現時点での評価は十分合格。
というより、とても良いと思う。(特に広角「神」レンズ)最後に撮影したのが、右の写真。滝です。場所は青海川駅(駅舎)の西南西400m。
先日お伝えしたように青海川駅は、「ザ・ホテルシーポート」がある「鴎(かもめ)が鼻」と、写真の「松ヶ崎」という小さな岬に挟まれた入り江にあります。松ヶ崎の付け根(東側)にあるのが、この「お弁が滝」。
落差は約20m。とても名瀑(めいばく)とは言えませんが、海に直接落ちる滝はそんなに多くないと思う。注意さえしていれば、誰でも信越本線の列車内から見ることができます。直江津行など上り列車の場合、青海川(おうみがわ)駅出発直後に入るロックシェッドを抜けてから数秒視認可能。
ただし上り線は山側。位置の関係が撮影は難しい上に、向かい風になるのでカメラが海水の波飛沫を浴びる可能性があり、窓を開けにくいという問題も。そこで写真は帰路、下り列車内から初めて窓を開けて撮影──周囲は無人──したもの。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
滝のクローズアップ(別カット)もオマケします。(別ウィンドウ、1280×960)ご紹介したリンク先をご覧になった方はご承知でしょうが、「お弁」は佐渡に住んでいた若い女性の名前。柏崎の船頭「藤吉」──船大工との説あり──と恋仲に。
されどやがて藤吉は当地に帰郷。藤吉を恋い慕うお弁は、夜な夜な「たらい舟」で約55kmある佐渡(/越佐)海峡を渡って(!!)、当地へ通います。そもそも二人の関係は道ならぬ恋。
お弁のあまりの熱意に恐れをなした藤吉はある晩、お弁が進路の目標にしていた「番神岬」の灯を消します。お弁は難破し、この地に打ち上げられます。それを知った藤吉も投身。悲恋を哀れんだ人々は、この滝を「お弁が滝」と呼ぶようになったとのこと。
浪曲「佐渡情話」の「お光(みつ)」と「吾作」のモデルです。ちなみに解説中の「おべんが松」がある「諏訪神社」は、ここから東北東に5km弱離れた、市街地西部の「番神諏訪神社」(番神自治会のサイト)を指します。
境内にはお光と吾作の碑があるそうです。お気づきでしょうが、この伝説の核心部分は隣の上越市に伝わる「人魚伝説」(こちらやこちら)と酷似(こくじ)しています。いずれも主題は人間の愛情の尊さと、人間が本質的に持つ業(ごう)の深さ。
決めつけや、スキャンダルとしての嘲笑は容易。でも個人的には、そう簡単に割り切れない悩ましさにこそ人間の本性、そして人間としての存在の意味があるように思われるのですが...。
なかなか賛同していただけないかも。
■1月14日(火) な、なぜ、こんな場所に書店&花屋さんが?! ──糸魚川「村に灯りをともす店」──
糸魚川(いといがわ)鉄分補給ツアーの続き。
今回は糸魚川市の浦本駅から能生(のう)駅まで約6.4kmを徒歩で移動。国道8号線も少し歩きましたが交通量が多く危険なので、大半は並行する「久比岐(くびき)自転車道」(国土交通省)こと県道542号上越糸魚川自転車道線を利用しています。
「久比岐」あるいは「頸城(くびき)」は、『日本書紀』にも登場する新潟県西部の古い呼称。何回かお伝えしましたが、この自転車道の大部分は旧北陸本線の廃線跡を転用したもの(一部例外あり)。全体としては海沿いの国道8号線の、集落を挟んだ内側つまり山側の高い場所を走っています。
坂に弱い蒸気機関車用の鉄道路線だったので、勾配は比較的緩やか。でも実際に訪れてみると、「こんな勾配を蒸気機関車が重い貨物列車を牽引していたのか」と驚かされる場所が多数存在します。機関士および機関助士は本当に大変だっただろうなぁ...などと思いながら歩いていると、え"っ?!
昨日お伝えした「伊藤家住宅」の裏に、写真の新しいお宅が。(左端に見えるのは日本海)もちろん住宅の存在自体は何ら不思議ではありません。でも外から本棚が見えるし、玄関には何やらマークが。このお宅は商店を兼ねているらしい。
この場所の自転車道は、並行する旧来の自動車道とほぼ一体化。お店は幹線道路の国道8号線から100mほど離れた、絶対に地元民しか利用しない道路に面しています。繰り返しになりますが近くにはコンビニすらない地域の、それも「裏道」。
そんな場所に、なぜ、お洒落なお店が?カメラを準備していると、ガラス越しに女性の姿がチラリと見えました(後から考えると店主つまり奥様だったはず)。入口の引き戸には「孫平(まごばい)books&flowers」。
お伝えしたように、今回はトラブルにより目的地と予定を変更しています。ここから先の予定には時間的余裕があるはずなのですが、確証は持てません。そこでここでは撮影だけしてその場を通り過ぎました。月に2日程度しか営業していない日に訪れた奇遇(きぐう)と知るのは、帰宅してから。
調べてみるとお店のサイトに加えて、SNS(Instagram/Facebook/note)で積極的に情報発信中。ここは私設図書館(兼書店と花屋)。「まごばい」は「孫平(まごへい/まごべい)」が訛ったものと推測されます。県内ではよくあること。関東地方から当地に嫁がれた奥様がご主人──おそらくnote担当──とともに始めたお店だそうです。
キャッチフレーズは「村に灯りをともす店」。店主は、例えば糸魚川市総務部企画定住課が運営する「いといがわ くらしサポートサイト わたしのいと」サイトの「糸魚川でくらす人のライフスタイル」でライター業務を担当されるなど、実に多方面で活躍中。
物事をネガティブに捉えず、「良い」と考えたことを積極的に押し進めるタイプのように思われます。現在は糸魚川駅北大火の経験を後世に引き継ぐべく設置された「糸魚川市駅北広場 キターレ」(1枚目の写真右奥)が活動の中心らしい。
私事で恐縮ですが実は、センセイの母親も彼女に似た性格。ただし2世代(≒60年)も前の、封建的かつ閉鎖的な田舎での出来事。若い方には想像もできないでしょうが、必ずしも良いことばかりではなく、周囲との軋轢(あつれき)も。
されど、それから半世紀以上が経過。単なる時間の変化だけでなく、地方では少子高齢化が劇的に進行しています。今は彼女のように、地域に新しい風を吹かせる人材が評価、重用される時代。その意味で、センセイの母親は早く生まれすぎていたのかも。
でもそうなると、そもそもセンセイは存在していないんですけどね。お店、そしてご主人と奥様のご活躍とご繁栄をお祈りします。
■1月13日(月:祝日) 「サンレパス ルート8」の運営会社は、地域に根ざし、進取の気性に富んだ会社だった
数年前のこと。
金沢での勤務を終えて、糸魚川(いといがわ)市(旧能生(のう)町)木浦(このうら)の国道8号線を自動車で走っていた時、俄には理解できない場面に出くわしました。ここは旧北陸街道沿い、ただし西隣に鬼舞(きぶ)漁港があるなど漁村の要素も。
港は現在、はほとんど利用されていませんが。されど、かつて国内の物流を支えていたのは陸上輸送ではなく海運。現在の鬼舞漁港が使われていたのかどうかは不明ですが、鬼舞地区には重要文化財の「伊藤家住宅」が。
県内屈指の廻船(かいせん)主の住宅です。多くの自動車が行き交うことを除けば現在は静かな地域に、突然、国道南側にある未舗装の駐車場から鮮やかな青色のパーティードレスを纏った若い女性が1人で現れたのです。
「寒村」とというほどではありませんが、コンビニすら存在しない地域...に、ですよ。彼女は横断歩道で国道を渡ろうとしていました。その瞬間、何が起きているのかを理解。彼女は当地(!!)で開かれる結婚式に参加するのです。
もちろん新婦の友人でしょう。結婚式にはいろいろな様態がありますが、ある種の「式場」が必要。実は横断歩道の先に結婚式場があるのです。それが右の写真の建物。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
当地にはあまりに不釣り合いな施設なので、かなり早い段階でその存在に気づいていたのです。2枚目は建物の裏側、つまり日本海に面した側から撮影したもの。両脇の建物をご覧いただければ、当地域の雰囲気を感じていただけると思います。式場は2階。
サイトの中では、大きな窓が活用されています。金沢工大移籍後の13年間は電車での移動が主。自動車でこの場所を通過するのは1ヶ月に1回あるかないかという程度なので、この建物の正確な建設時期は不明です。
でもたぶん、15年くらい前からは確実に存在。センセイが感じた違和感は、周囲との不釣り合いさと人の出入りをほとんど見たことがなかったことに由来するもの。関係者の姿を除けば、この施設の利用者と出会ったのは彼女が初めてだったのです。
どう使われているかはわからないけれど、でも、まぁ、結婚式場だと判明したから...と、関心は徐々に低下。ところが4年くらい前から、別な意味で少し気になるように。人の姿を見かけないのは相変わらずですが施設、特に前面の樹木の手入れがなされなくなったのです。
休業/廃業したのかなぁ...などと考えていたのですが、ごく最近、まったく予想外の情報に出くわしました。改めて1枚目の写真、式場の名称に注目すると「ルーシャスフィール ザ シオジオリエンタル」。
ポイントは後半の「シオジ」。外国語ではなく、日本語の「汐路(しおじ)」。「サンレパス ルート8」を運営する「株式会社 味千汐路」の名称です。
ただし、すべてを簡単に決めつけるにはまだ早い。現場を訪れて裏付けを取るしかないのですが、困ったことに木浦地区は能生駅と浦本駅のほぼ中間にあり、駅からだとかなりの距離があります。
そこで4月から半年間(予定)の、自動車での金沢「通勤」の際に確かめようと考えていたのです。されどお伝えしたように、倖か不幸か昨日は列車ダイヤが混乱。当初プラン放棄後、次善策を練っている際に疑問を晴らすべく、浦本駅から能生駅まで歩く途中で現場を訪れることにしたという次第。
従って、今日の説明と実際の撮影順は一致しません。(むしろ、ほぼ逆)3枚目(右)の写真は「サンレパス ルート8」(右端の黄色の建物)から西側を見たところ。中央の奥まった場所にあるのは「味千汐路調理センター」。
その際に言及した元コンビニが左側に見えます。(縮小しているため判然としませんが、能登半島も見えています)西側に位置を変えて撮影したのが最後の写真。お気づきと思いますが、単なるコンビニにしては店舗が大きすぎます。何より大きな窓を持つ2階が。
1階海側(左側)奥にも見晴らしが良さそうな広いスペース。実際、ここは低い崖の上なので海側の視界は良好。能生移動後、可能な限り「味千汐路」に関する場所を訪れました。まず、駅の南側には「株式会社 味千汐路」と「合資会社 汐路」が入る簡素な建物が。
“JR”能生駅前の案内板によると「株式会社 味千汐路」はかつて、合資会社だったらしい。「味千汐路」は現在、有機JAS認定食品加工および食品加工に加えて、1989年にオープンした道の駅「マリンドリーム能生」2階でレストラン「味千汐路 番屋」を運営。
なお「番屋」については徒歩の行動圏外だったため、今回は訪れていません。(高いので、入ったことはない)株式会社と合資会社の業務分担は不明ですが、少なくとも汐路グループは駅前ビルの2、3階で「汐路駅前店」も運営。この日は「糸魚川市消防団様」の札が。1階は「汐路 酔虎傳(すいこでん)」。
昼は食堂、夜は居酒屋として使われているようです。これらに加えて、今回訪れた「ルーシャスフィール」。長くなりました。
現在残されている建物等から推測できる範囲内で情報を時間順に整理すると、地元の関係者が資金を拠出しあって(?)設立された「汐路」は進取の気性に富み、約40〜45年前(?)に広い駐車場を備えたコンビニ事業を開始。
その際、おそらくそれ以前から始めていたレストラン事業(1F)+割烹(2F)の施設も併設。「マリンドリーム能生」オープンと「番屋」の開業、そして道路反対側へのセブンイレブン進出を受けて、4枚目の写真施設の機能を徐々に縮小させて、レストラン関係の食材準備業務は奥の「調理センター」に集約。
他方、順番はわかりませんが有機食品加工にも進出。現地を訪れるとわかりますが、旧能生地区の住民にとって「汐路」はなくてはない場所。お昼は「汐路でラーメン...」そして何かの行事の打ち上げは「今晩は汐路で...」というイメージ。しかも変わり身が早く、時代の変化に対応。
もちろん、今回のように失敗した事案も多いはずですが。グループ全体の経営状況は不明ですが、大損はしていないと思う。それだけでなく、田舎でこれだけの事業を継続することによって、本当に多くの雇用を生んでいるはず。
地元の方が「サンレパス」を、ふらっと訪れたくなるわけだ...。
■1月12日(日) 西村センセイ、架線凍結によるダイヤ混乱もめげず、久しぶりに鉄分を補給する
タイトル通りのお話。
今日は珍しく落ち着いた天気になることが確実視されるため、譲り受けた企画乗車券を使って久しぶりに「鉄分」を補給することに。そもそも昨年後半は種々の事情で鉄道旅行を断念(こちらやこちら)しています。
しかも『時刻表』を「読んで」いて、最近気づいたことが。使うのは今回も県内各鉄道路線──福島県および山形県の一部を含む──が乗り放題となる「えちごツーデーパス」企画乗車券。ただし新潟県は北東から南西へ長細いためセンセイの利用は、どうしても県中越および上越に片寄りがち。
その上で、できるだけ通常の時刻に起床して、我が家の門限である17時頃までに帰宅できるコースを探究し尽くしたつもりだったのです。(たぶんこの条件下での見落としはない)でも条件を少し緩めて、出発時刻を1時間ほど早めると、おぉ...。
早起きして食事を済ませ、血圧──「平均」107mmHg──測定後に運転状況を確かめると、心配していた事態に。「信越本線内で架線が凍結し...」。今朝はある程度冷え込んだのですが、それに加えて昨日の湿度は高かった。
心配していたのですが、やはり架線凍結という事態に。されど大枠の予定は変更したくないので状況に応じて対応することにし、自宅を発ちます。湿った路面はいたるところ凍結しており、細心の注意が必要でした。無事駅に到着すると、架線凍結が起きたのは長岡駅構内とのこと。
目的の電車は36分遅れで運転中。今日は直江津で旧信越本線に乗り換えて、まず妙高高原駅まで往復。新潟県西部の「上越」は、例年になく少雪──ただし、ほとんど報道されていない──のです。それでも県境付近はやはり、平場とは違う積雪量。
雪の妙高を訪れたのは15年くらい前、弟家族とスキー場を訪れて以来なので、楽しみにしていたのです。直江津まで戻ったら旧北陸本線に乗り換え、浦本駅から「サンレパス ルート8」まで歩いて「鶏の唐揚げ定食」を頂く。ここ半年ほどご無沙汰しています。
浦本駅まで戻ったら、その先の糸魚川駅まで足を伸ばし、隣接する物産展で漬け物を購入して帰宅。完璧だ。残念ながらこの「プランA」は断念するしかありません。どうしようかと思案しつつ、冷え込んだホームへ。新潟、長岡方面の下り列車は次々と到着。乗ってもいいのですが、ここは原案の趣旨を大切にすることに。
待避側線にはJR東日本所属の“EF-64”型直流電気機関車1031号機。まさに「霜取り」列車として与えられた任務を終えて快速列車、特急、そして各駅停車の通過を待っているところです。残念ながらこの1031号機は遠くない将来、廃車になる運命。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
自動車の車検に相当する「全般検査」を終えてから日がないようで、ピカピカです。到着した各駅停車に乗りこみます。車内はガラガラ。
眺めの良い席に座ります。天気についてはあまり期待していなかったのですが今日は、北は弥彦山から角田山、そして北西には佐渡がはっきりと見えます。
感覚的には「手を伸ばせば...」という感じ。新潟県に関する限り、低気圧が西側から迫りつつあり天気が悪くなり始める時にこのように見通しが良くなる事象があることが知られています。
実際、午後から天気は下り坂。右の写真は帰路、青海川駅付近つまり昨日お伝えした窓ガラス破損現場の下で撮影したもの(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))。水平線上、青白く見えているのは「小佐渡」。
良く見ると写真左側などに高い山が多い、北側の「大佐渡」がはっきりと。拡大写真では、この寒さの中を疾走するモーターボート(左側水平線付近)および操業中(?)の漁船(その右側)も確認できます。で、センセイ。
「雪の妙高高原」はとうの昔に放棄。与えられた条件下でいろいろ考えた結果、旧北陸本線に乗って「サンレパス ルート8」から「糸魚川駅でお土産購入」コースを選択。されど転んでも、タダでは起きない。
この機会に、以前から気になっていた複数の場所を自分の足──不便な場所なので、自動車で通った際に確かめるしかないと考えていた──で訪れることに。実際、その通りに行動した結果、今日の総歩数は21,879歩。
歩いた距離は、約16.7km。しかも、まったく予想だにしなかったことに...。(続く)
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