2013年6月1日更新(2013年6月9日ページ移動。2016年8月12日一部写真削除)
■6月1日(土) 西村センセイ、世代について再考する ――東北大学での学会に参加しています――
というわけでセンセイは現在、東北大学で開かれている大学教育学会に参加しています。そのいずれもがとても刺激的。
初日は、小規模の、しかし濃密な会合と、学会総会、そしてシンポジウムが開催されました。写真はシンポジウムの最後に、講師としてお招きしたアメリカ人の研究者を囲んで議論しているところ。
あまりにも有名な「サンデル教授」ほどではないかもしれませんが、彼の発表もいかにもアメリカ的な洗練されたものでした。もっともご本人の弁によると、「こんな大きな会場は初めて」とのことでしたが。
でも、他の日本人研究者の発表もたいしたもの。本当に勉強になりました。白状するとここ数年、センセイにとってはメインの学会であるにもかかわらず、ちょっとついていけない感じがあったのです。
最初に感じたのは若手の台頭。才能溢れる彼ら彼女らの活躍を見ていると、(繰り返しですが)ちょっとついていけない......。
問題意識や発想がとても新しいのです。少なくともこの学会に関しては、どうやらセンセイの側の問題だったらしい。
ここ1、2年ほど、怠け者の先生にしてはかなり勉強した結果、若い世代がそのように考える事情が良くわかるようになりました。
世代間のギャップは、よく話題になります。前の世代はあたかもそれが客観的な事実であるかのように語るものの、実はそのかなりの部分が、前の世代の問題じゃないのかと思えてしまいます。
......あ、いけない。明日の司会と発表の準備をしなくては。
■5月31日(金) 新幹線から見えないもの ――快速列車を乗り継いで仙台へ移動しました――
センセイは現在、明日から東北大学で開かれる学会に参加するため、仙台市に滞在しています。自宅に立ち寄る必要があったので、昨日、夕方の大きな会議に出てから最終列車に乗車。
夜遅くに帰宅しました。さて、自宅を基点に仙台へ行くためは、いくつもの方法があります。まずは長岡駅まで出て上越新幹線に乗り、大宮で東北新幹線乗り換え。乗車時間は3時間ちょっと(乗り換え時間を除く)。
ただし西村センセイ、新幹線はあまり好きではない。久しぶりの磐越西線か、あるいは米坂線、仙山線経由で仙台に入ろうか。
珍しく、冊子の時刻表ではなくJR東日本の乗り換え案内のページで条件を入力すると、おぉ、たまたま運行されている臨時列車2本を含めた4本を乗り継ぐと、快速列車だけで仙台へ行けることが判明。
知らなかった......。というわけでまず7時46分発の「くびき野1号」で新潟駅へ。実は指定券を持っているのですが、あまり良い席ではなかったので、少し並んで自由席に乗車。
我が家を車窓から確かめながら、出発。利用客はというと、長岡までは新幹線で首都圏に出るビジネスマンなどが主で、長岡以北はちょっとゆっくり目に出勤するOLや、専門学校生。乗車率は80%くらい。
車両は特急「北越」「いなほ」そのもの。つまり485系電車ですが、自由席車両ではシートカバーは外されています。よく考えてみると、1年ほどこの区間に乗車していませんでした。新潟へ行く時はたいてい自動車を使うのです。特に公共施設の出現など、見慣れない風景に驚かされます。
目的地の新潟駅も、在来線の高架化が進行中で、様子が一変しています。少し待って、仮設8番線ホームへ。
これから乗るのはJR東日本新潟支社の「きらきら うえつ」(車両案内)です。座席は全て指定席。
沿線の多様な観光資源を「きらきら」という言葉で表現しているようです。その存在は知っていたのですが、実際に乗車するのは初めてです。車両はかなり改造されています。
少なくともお内装はグリーン車並。ちょっと成金趣味ですが。センセイはたまたま先頭車両の、それもかなり前の方の席だったのですが、運転士は新人の見習い。
指導員とその補助(?)が最初から最後までついていました。余裕を持って乗車したはずだったのですが、男性車掌の「間もなく発車」とのアナウンス。運転席はざわめきます。もちろん車掌の誤りです。
どんな人なんだろうと思ったら、指導の女性車掌とともに登場した彼氏、自ら「乗務2回目で、まだまだ学ぶこともありますが...」。
こちらも新人の研修中だったんですね。写真でお分かりのように、客席からも前方の視界がかなり確保されています。慣れ親しんだ風景の中を「きらきら うえつ」は北を目指します。乗車率は20%程度。
村上市での葬儀(?)に参加するご夫婦も乗車していました。個人的には村上駅を出たばかりの場所に存在する、直流・交流切替の「デッドセクション(死電区間)」の様子を確認したかったのですが、その先にトンネルが続くため、運転席のカーテンがすべて降ろされてしまいました。
残念ながら、運転席からどのように見えるのかは確認できませんでした。この区間は左側(西側)の車窓に「笹川流れ」などの絶景が続きます。確かに五能線に似た、美しい光景です。でも鉄道ファンが興味を持つのは、右側(東側)。
この区間は単線と複線によって複雑に構成されているのです。太平洋側のように運輸量がもっと多ければ全線複線化されているのでしょうが、それほどまでではなく、しかし単線だと列車をさばききれない......。
その苦悩がこの区間に良く表れています。でもセンセイの座席は左側(西側)。この件は来月末に乗車予定の夜行寝台特急「トワイライトエクスプレス」で確認することにします。お昼をちょっと過ぎて、終着駅酒田到着。
駅前でお昼を食べて駅に戻り、新庄行きの快速列車に乗車。記憶では堤防のかさ上げ工事と道路建設が進んで最上川がよく見えなかった記憶があるのです。
でも、自分の目で改めて確かめてみると、確かにそういう区間もあるものの、最上川や、その舟下りなどをしっかり確認できます。
(センセイの)記憶って、いい加減なんですね。40分ほどの乗車で新庄駅に到着。JR東日本仙台支社所属の「リゾート みのり」(車両案内)が発車を待っています。
「きらきら」と違って、こちらはずいぶん無骨。ただし室内はグリーン車レベルです。詳細については関連サイトをご確認いただきたいのですが、この列車が走る陸羽東線は観光資源に恵まれており、しかも絶景が続きます。
今日の利用客はピークでも20%程度。個人的には風景から、そして車窓から確認できた人々からエネルギーをたくさん頂戴しました。
しかしそれと同時に、沿線が抱える課題もはっきり見えてきます。鉄道が走っているくらいですから、その地域の中ではとても恵まれた方だと思うのですが、それでも過疎化、場合によっては地域の崩壊が進んでいます。
残念ながら、それが事実です。それにどう対応するかはともかく、少なくとも新幹線の中から――あるいはインターネット上の情報から――では、この冷酷な事実は絶対に分からないよなぁ、と思ってしますのです。
■5月30日(木) 世代交代 ──研究室に、とても珍しいお客さんがお越しになりました──
研究室のドアを開けたまま仕事をしていると、正午前、そのドアの前にスーツ姿の男性が2人。
もちろん中へ招き入れます。それも、いつも学生の面接や客人の応対に使う入り口付近ではなく、狭いスペースに椅子を2脚無理矢理詰め込んで、センセイが何台かのモニタの前に来ていただきます。
文字通り、膝詰め談判。お二人は、大学に出入りしている印刷屋さんです。
お一人はいつもいらっしゃる営業の方なのですが、30歳代後半の格好いい男性は、DTP(DeskTop Publishing)と言って、コンピュータで直接印刷の原版を作成する技術者(オペレーター)なのです。
特別に来ていただきました。実はセンセイらが事務局を担当する学会が、今夏、何と金沢工業大学を会場に大会を開催するのです。
準備は着々と──でもないか──進行中なのですが、その一つにいろいろな印刷物を制作があります。できれば参加者が読みやすい高品質のものを、短時間に、しかもスムースに出版したい。
そのため営業の方といろいろ打ち合わせていたのですが、やはりお互いにミスがないように、技術的な問題を直接確認させていただくことになったのです。
写真はその場でセンセイが古いDTPソフト“PageMaker”で作成したもの。これをセンセイのMac上でPDF化してファイルを印刷屋さんに渡し、最新のDTPソフト“In Design”で読み込んで、原版を作成します。
そう説明されるととても簡単に思われるかもしれません。でも、フォントって、歴史的な問題もあって奥が深く、とても一筋縄では行かないのです。
白状するとセンセイも正規版の“In Design”をMac版、Windows版ともに所有しているのですが、忙しすぎて使い方を覚えないまま今日に至りました。
そこで古い──当時はこれが基準だった──DTPのエッセンスと、新しいソフトを組みあわせることにしたのです。この間、技術的な問題だけでなく、業界の話題などいろいろ教えていただきました。オペレータの方は、仕事を始めた時から“In Design”だったとのこと。
当たり前ですが、世代交代は着実に進んでいるんですね。今日はホントに楽しかったし、勉強になりました。ありがとうございました。
■5月29日(水) 無理して作った「変な顔」は、やっぱり変 ──特別講義に参加しました──
午後の講義を終えた西村センセイはいつもと違う場所へ急ぎます。大教室(階段教室)で特別講義が開かれるのです。立場上、センセイに与えられた仕事は、その司会。
今日の講義は、金沢工大の特別奨学生(リーダーシップアワード生)制度で入学してきた新1年生向けのもの。
リーダーシップとコミュニケーション力の育成がテーマです。企業で長年その指導に当たられてきた方が担当するこの講義、テーマがテーマなので、その中にいくつか演習が取り入れられています。
写真は、2人でペアになって他人の話を傾聴する練習......というか、正確に言うと、わざと聴く方が無表情になるという練習。
話しかける相手から目をそらして、無理に机の上に視線を置いている顔って、やっぱり変。
こういう体験を通して、逆に何が大切かを理解していくんですね。講演が終わってマイクを引き取り、質問タイムに入りました。アワード生だけあって、次々と質問が寄せられます。
「もっと聴きたい...」と盛り上がったところでちょうど時間になりました。今日の「仕事」は、終えた後にちょっと嬉しくなる仕事。いつもこうだったらいいのになぁ。
■5月28日(火) 本場讃岐のものは、ホントに美味しい!! ──西村センセイ、高松で庶民的なうどん店に入る──
広島ツアー最後の話題。ただし今日の舞台は香川県高松市。
東日本からだと中国地方は遠いし、しかも今回は新潟の自宅に立ち寄る必要があったため、東京始発の夜行寝台特急「サンライズ」を利用しました。(規定金額以上の出費は自己負担)
サンライズは高松行きの「瀬戸」と出雲市行きの「出雲」が併結されており、早朝に岡山到着後、分割されてそれぞれの目的地へ向かいます。センセイのさし当たりの目的地は岡山なのでどちらでも良かったのですが、今回は駅員さんが頑張って「サンライズ瀬戸」のA個室──こちらと同タイプ──を確保してくださりました。
えーいこの際だ、高松まで行ってしまえ!!というわけで瀬戸大橋を渡り、7時半頃高松駅に到着。周囲は通勤通学客で溢れているので、センセイは何だか時差ボケ状態。でも気を取り直して、朝食を取ります。もちろん、本場讃岐のうどんです。
駅近辺で営業しているだろうと思ったのです。最悪の場合、駅構内の立ち食いうどんのお店があるし。駅前に出てみると、まず交差点を越えたところに新しいお店があったのですが、どうもチェーン店らしい。そこを通り過ぎてしばらく進むと、角に「さぬき手打 うどん味庄 セルフの店」がありました。
入ってみることにします。店内はかなり混んでいます。お客はタクシーの運転手や出勤途中の男性などが主。写真は少し落ち着いてから撮影したものです。
何をどうしたらいいのかわからないので、写真奥での場所でうどんを練っている高齢のご主人に話しかけると、写真右側に板奥さんに声をかけ、「対応してくれ」とのこと。
でも奥さんも忙しそう。しばらく人の流れを見ていてやっと動きがわかりました。お店に入ったら時計方向に動き、まずお皿におにぎりや天麩羅を好みに合わせて取ります。
中央の柱の右側に奥さんがいらっしゃるので、うどんを頼みます。基本的には「はなまるうどん」などとと同じ。本当は天麩羅を食べてみたかったのですが、今回はあえて「かけうどん」。普通盛りは170円だったかな。
センセイは大盛りを頼んだので、200円ちょっと。で、奥さんが出してくれたのは、ただの茹でたうどんだけ。出汁がかかっていないのです。
どうするのかと訊ねると、写真中央の男性がやっているように、サーバー(?)から自分で入れてくれ、とのこと。さっそく頂いたのですが、これがもう、本当に美味しい。小豆島など瀬戸内地域のあちこちで食べたうどんはどれも美味しかったのですが、このお店は別格です。
きっと香川県にはこのようなお店がたくさんあるんだろうなぁー。何がポイントなんだろうと思ったのですが、決め手は磯の香り。出汁に海の幸が凝縮されている感じ。瀬戸内地方の人々は、食べ物だけでなく、交通も、文化もすべて海と繋がっているのですね。
金沢へ戻る時、広島駅で少しだけ時間があったので、駅前のデパ地下に入ったのですが、そこで買った普通のジャコ天も鞆の浦で作られた天麩羅も、ホントに美味しかった。
何だか、この地域への旅が病みつきになってしまいそうです。
■5月27日(月) 西条駅では、貨物列車が走り去った後に、電気機関車が取り残される!?
もう1日だけ鉄道ネタを。
今回訪問した現在の広島大学は、航空機(広島空港)、新幹線(東広島駅)そして在来線(JR山陽本線西条駅)のどれを利用してもちょっと不便な場所にあります。
センセイは今回、西方から広島入りしたこともあって、広島駅で途中下車し、そこから別な切符で西条入りしました。帰りも広島まで戻り、そこから新幹線を利用。
昨日、広島へ一時的に戻るために西条駅のホームに入ると、向かいの上り線に長い編成の貨物列車が停車していました。電車を待っていると、何の前触れもなく、その貨物列車が「ガ、ガ、ガシャーン」。
貨物列車が写真右側へ動き始めたため、各車両の連結器が音を立てたのです。ふと気づくと、その後ろに写真の電気機関車が、まるで取り残されたかのように存在しています。そしてこのEF210型機関車、赤い尾灯をつけています。
同じ線路の上に存在しているというのに、右ヘ向かう貨物列車とは逆に、これから左へ(たぶん)単機で走行するのです。でもこれだけじゃ、何が何だかわかりませんね。
高い場所にある広島大学のキャンパスからだと良くわかるのですが、西条駅付近はかなり高い台地状になっています。
高原のようなイメージ。ところが東方の三原も、西方の広島も海に面した都市。だからこの間にはもの凄い高低差があるのです。
勾配に弱い蒸気機関車にとってこれは大問題。特に広島方面の瀬野駅と西条の西隣、八本松駅の間は「瀬野八」(正式名称は大山峠)と呼ばれる難所でした。
そこで上り列車はかつて、瀬野駅で旅客列車や貨物列車の後ろに、この写真の機関車のように「押し」専門の補機を連結し、八本松駅で(場合によっては走行しながら)補機を解放していたのです。現在はJR西日本の海田市駅に隣接した広い広島貨物駅とここ西条駅で作業をしています(係員の姿は全く見えませんでした)。
知ってはいたのですが、自分の目で見るのは初めて。この区間は何度も乗車していますが、正直なところ奥羽本線の板谷峠などを知っているものにとっては「そんなに急勾配かなぁー」という感じでした。
でも今回、車窓から目を凝らして見ていると、上り線と下り線の間に、かつて蒸気機関車が使用していたであろうごく短い待避線を発見。それがもの凄く傾いて見えるのです。
実は待避線はほぼ水平(のはず)。登坂能力に優れる115系だから気づかないけれど、本線は相当な急勾配なのです。その証拠に、道路脇の民家も傾いており、その傾き具合は待避線と揃っています。
本当に傾いているのは、実は、センセイが乗ったこの電車。知れば知るほど、先人の苦労と、それに気づかなくなっている我々の感覚の鈍さを思い知らされるのです。
■5月26日(日) 2年後に振り出しに戻るとわかっていても、やっぱり来て良かった ──可部線、完乗──
西村センセイ、広島大学での出張を無事に終えて、深夜に金沢へ戻りました。明日月曜日から平常勤務なのです。
毎度のことではありますが、個人的には今回も鉄分補給の旅。未乗区間で言うと、お伝えした岩徳線と、ずっと乗ることができなかった可部(かべ)線に乗車することができました。
写真は「終着駅」の可部駅。なぜ「 」をつけたかというと、この可部駅、2年後には終着駅ではなく途中駅になるのです。事情がややこしいので、ちょっと解説を。
可部線はもともとは私鉄だったのですが、戦前、それを国有化しました。最終的には観光地で知られる三段峡付近まで延伸。
ところがその頃には国鉄の赤字が大問題になっていて、可部駅以北は廃止されてしまったのです。ところが近年、地元住民の要望が実り、2年後に廃止区間の一部が復活する見込みなのです。
これはきわめて稀なこと。センセイが乗った2両編成の105系電車(写真左奥)は山陽本線の横川駅(私鉄時代の始発駅)から川沿いに北上します。
最初はかなり険しい地形だなぁーと思ったのですが、意外にも、川沿いには平野が広がり、住宅地や商用地として活用されています。
最後の数駅で急に山岳路線っぽくなり、視界が開けたところで可部駅到着。
利用客はかなり多いようで、地域に根づいた路線なんだなぁーというのがセンセイの印象。2年後に振り出しに戻るとしても、それは地域の方には望ましいことのはず(たぶん)。
センセイも、チャンスがあれば延伸区間に乗ってみようと思っています。