2015年9月5日更新(2015年9月13日ページ移動。2018年1月6日一部写真削除)

──2015年8月第6週〜9月第1週のニュース──

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9月5日(土) 新潟県内では主力品種「コシヒカリBL」の稲刈りが本格化しています

 昨日は大会終了後、元同僚2人と待ち合わせるため、町田へ移動。

 一人は町田市内に、もう一人も隣接する横浜市内に住んでいて比較的便利だし、センセイにとっても会場校から近いという理由からです。二人とも年上なのですが、センセイよりもずっと元気。
 特にM先生は夜が更けるほど活動的になっていきます。センセイよりも15歳年上だなんて信じられない。

 というわけで、センセイが立川──町田からだとちょっと遠い──のホテルに戻ったのは、日付が変わろうとするころ。

 こんなこともあろうかと、今日は午前中遅めの新幹線を予約しておきました。でもやはり疲れていたようで、気がついたらもう新潟県内。
 トンネルを抜けると、魚沼地方では稲刈りの真っ最中でした。

 今の時期だと、主力品種の「コシヒカリBL」ですね。

 「寝起き」でぼんやりとしていたため撮影しそこねたので、自宅に戻ってから外へ出ました。写真左奥は地域のシンボル「(よね)」。
 残念ながら山頂部に雲がかかっています。

 そもそも当地ではこのところ、ずっとはっきりしない天気が続いています。その中での農作業。気温があまり高くないので、その分、作業は楽。
 でも晴れの日がなく水を含んでいると、稲をとても重く感じます。

 実際、重労働。カメラ写り云々の問題ではないんですね。

 それはともかく、完璧ではありませんがそれなりの天候に恵まれたので、今年の稲の収穫は、肝心の品質を含めて比較的順調に進んでいるようです。



9月4日(金) 久しぶりに青梅短絡線を走行する列車を見ました ――センセイはどこでも鉄分補給――

 今日は早起きしてプレゼンテーションファイルを作成。

 これまでに頭の中でアイディアをかなり練っておいたので、作業は順調に進行しました。なんだ、やればできるじゃん。モノレールに乗って会場の明星大学へ向かいます。
 センセイの発表は正午前。

 睡眠不足だったのですが、その分ハイになっていたこともあって、気合いで乗り切ります。今日の発表、教員にはピンとこなかったようですが、大学の職員の方には大受けでした。
 そうだろうなぁ。

 午後のシンポジウムを拝聴し、今度は自由研究発表の司会。若い方の真摯な発表に感銘を受けました。眠気はまだ続いていたので、自分でマイクを持ちながら、会場を行き来して、こちらも無事終了。
 関係者による閉会式を経て、新潟の自宅へ......今回は、戻りません。もう一泊します。

 今晩は前任校時代の旧友と、近くで飲むことになっていて、センセイは深夜に3泊目の宿所に戻ったところ。でも今回のホテルは時々騒音に悩まされます。
 その正体は、建物の中で発生しているのではなく、外から聞こえる列車の音。

 このホテルは青梅線脇に建設されています。何回か泊まったことがあるのですが、これまではいずれも線路の反対側。
 これだと、さほど気になりません。

 でも今回は初めての線路側(南側)。写真は今日の早朝、センセイの部屋から撮影した写真。南西方向を見ています。
 写真中央に複線が見えますが、これは青梅線ではなく中央本線。

 肝心の青梅線(複線)はというと、建物のすぐ脇を走っているので、センセイの場所から見ることはできません。
 ......でもそれなら、オレンジ色の帯が入ったE233系電車が走っている線路(単線)は何?

 実はこの線路は、東京・立川方面からの下り列車を、運転本数の多い中央本線と平面交差させることなく立体で交差させるための「青梅短絡線」という青梅線の別線なのです。
 ICU院生時代の約30年前に、この先にある拝島駅近くの小中学校で非常勤講師をしていたことがあり、この青梅短絡線にはずいぶんお世話になりました。

 中央線の列車に乗っていれば跨線橋部分をチラリと見ることができるのですが、今回のようにその全貌をちゃんと見るのは初めて。

 当時、中央本線は201系で運行されていましたが、青梅線はまだ一部に平たい顔の103系が使用されていました。E233系で統一された現在からだと、正確に思い出すのが難しいほど昔の話です。



9月3日(木) 自分で自分(たち)に「6年間ご苦労様でした」 ――明星大学での学会に参加しています――

 朝、ホテル脇を走る青梅線の電車の音で気がついたら、ベッドの上。しかもテーブルの上には栓を開けたものの、ほとんど手つかずの缶ビールが1本。昨晩は相当疲れていたらしい。
 というわけでセンセイは、今日から明星大学で開かれている学会大会に参加しています。

 深酒をしたわけではないので、そのまま起床して支度を整え、立川からモノレールに乗って最寄駅へ。
 せっかくの大会ですが、午前中はプログラムに参加せず、控室でひたすら仕事。

 実はこれまで6年間、センセイらがこの学会の事務局を務めてきたのですが、今日の大会で次の事務局に交代したのです。
 午後の最初に「総会」用の資料を作成、何度かチェックして、いざ総会へ。

 予想より参加人数が多く、資料が不足するというトラブルが発生しましたが、それ以外は問題なく終了。
 これで解任です。めでたし、めでたし。

 力尽きてしまったので、懇親会に顔を出したものの、麦茶だけを飲んで、早めに退席します。明日の発表の準備ができていないのです。
 モノレールに乗り込んだのですが、雨が降っていることもあって、窓の外は真っ暗。

 街の照明をぼんやりと見ながらセンセイは、「6年間ご苦労様でした」と自分たちに言い聞かせるのでした。



9月2日(水) 西村センセイ、信越本線の115系快速列車に初めて乗車する

 なぜ初めてなのかというと、3月のJRダイヤ改正でこの列車が登場したからです。

 昨日お伝えしたように、センセイは関係する学会の大会に参加するため、出席するため東京都内に滞在しています。大会そのものは明日から2日間。

 でも前日の今日、会場校に幹部が集まって定例の幹事会(「理事会」)が3時間にわたって開かれたのです。
 センセイは今回の理事会まで会を運営する側の立場なので、正直なところ、ヘトヘト。

 会の終了後、関係者は夜の街に繰り出したようですが、センセイは体力温存のため、おとなしくホテルに戻りました。
 で、快速列車。

 信越本線にはこれまでも「くびき野」という485系特急用車両を用いた快速列車が運行されており、それなりの利用率でした。
 しかし485系は寿命を迎えており、一部例外を除き、「くびき野」を含めて、当地の同系は廃車になっています。

 しかし県内各地から上京するため、新潟や長岡などの新幹線接続駅に急ぎたい利用者がいることもまた事実。
 そこで3月のダイヤ改正で、115系普通電車を利用した快速列車が数本、新規に設定されたのです。

 センセイにとっては初めての快速列車。しかし様子を見ていると、通勤通学客にとってはすでに乗りなれた電車、らしい。1車両あたり3つあるドアの前に順序良く並び、列車を待っています。
 入線してきた115系も、違いがあるとすれば車両最前部の「快速」の表示だけ。

 個人的には乗り慣れた115系がほとんどの駅を通過していくことに驚かされたのですが、他の方にはどうでも良いことらしい。実は485系同様、115系そのものが寿命を迎えつつあります。
 新潟県内の同系も、遠くない将来、後継のE129系(ボルスタレス台車)に置き換えられるはず。

 ボルスタ台車による485系や115系のBMWに似たしっかりとした足回りは間もなく経験できなくなります。でもお客さんの「電車は移動の手段にしか過ぎない」というかのような表情を見ていると、そんなことなんてどうでも良いことのようです。

 というか、そんなことに拘っているのはどうやら、センセイだけだけらしい。



9月1日(火) 後期には、綺麗になった「チャンカレ通り」(仮称)が学生諸君を迎えます

 金沢工大周辺見たままシリーズ第2弾。要するに忙しすぎて首が回らなくなっている、ということなのですが。

 鳩の群にあっさりと敗退した西村センセイ、目指すほっかほっか亭へ進む途中で工事の誘導員に行く手を阻まれました。道路の反対側まわって欲しいというのです。
 確かに道路脇で下水道(?)工事をしており、歩道が一時的になくなっています。

 でもそれは、進捗状況を何度もお伝えしてきたチャンカレ通り」(仮称)の工事ではありません。
 ご覧のようにこちらは、車線の線引きなど一部を残して工事をほぼ完了したようです。

 車道に取り残されたかのように見えた電柱(写真中央)は、なるほど、歩道側に立つんですね。
 現在の工事は、写真手前を左右に走る道路脇で行われています。

 素人には、一度で片付けてしまえば簡単なように思えるのですが、何かそれなりの理由があるのでしょう。
 いずれにせよ、あと3週間ちょっとで後期(「後学期」)が始まるのですが、彼ら彼女らをこの新しく、そして綺麗になった道路が迎えることになります。

 さてセンセイは夕方までに仕事に一区切りをつけて、現在はひとまず新潟の自宅へ戻っています。
 明日からセンセイらが関係する学会と関連する会合が開かれるのです。

 学会の立場上の仕事は何とかしたのですが、自分の研究発表が......トホホ。



8月31日(月) 西村センセイ、敗れる ──泥色の高橋川を見ていたら、鳩の群に睨まれてしまった──

 長いネタが続いたので、今日は見たままのお話を手短に。

 金沢はこのところとても不安定な天気。本当は自転車で出勤しようと思ったのですが、早朝は雨。車で出かけます。

 大学前の駐車場に入る関係で、途中、大学脇を流れている高橋川脇を走るのですが、高橋川の水が白濁しています。
 泥水には違いないのですが、その名前からイメージするものよりずっと白く、不透明。

 ここ数日降り続く雨で、上流から粒径の小さなシルトが流されてきたんだと思います。比較的ゆっくり流れています。
 日本ではあまり見ない河の色なので、異国へ来たような感じ。

 日中はそれなりに天気が良かったので、お昼前にお弁当を買いにキャンパスの外へ出たのですが、当然、再び高橋川に出ます。
 流量があまり多くないので中洲や、川の中の大きな石が見えているのですが、その上に数羽の鳩が。

 まるまると太っていて、「本当に飛べるんだろうか」と訝ってしまうほど(飛び立つ瞬間は見ませんでした)。
 動きはほとんどなく、こちらに顔を向けて睨んでいるような格好になります。

 哺乳類などと違って鳥類の目は頭部の両側面にあるので、よく見ようとする時は、人間でいう「横目で見る」ような格好になります。だからホントはさほど警戒していないのです。
 でも、写真右上隅のものを含めて、揃って睨まれると......センセイの、負け。

 お弁当を買いに、橋を渡り切ります。



8月30日(日) すみません。わずか1週間で一部訂正です ──北陸本線旧線探訪の旅(番外編)──

 すみません。月曜日にお伝えした内容を一部訂正させていただきます。

 仕事が溜まっているので、今日は朝食を済ませてると、雨の中を車で金沢へ移動しました。途中、月曜日の話題を書いてからある場所が気になったので、道路脇に車を駐車。写真右下から中央への坂道を登ります。
 ここは糸魚川市(旧能生
(のう)町)小泊(こどまり)地区。 

 写真は北東から南西方向を見ています。右側つまり北西から日本海、国道8号線、そして数m高い場所にある細い道路を挟んで崖と続きます。
 中央分離帯のあるこの細い道は、月曜にご紹介した「久比岐自転車歩行者道」、つまり旧北陸本線の廃線跡です。

 富山・金沢方面(奥)から伸びてきた旧北陸本線は、センセイが立ってる場所の左下に存在する「百川(ももかわ)トンネル」に入ります。
 センセイはその入口の斜め上に立って旧線を見ています。ちょうど茶屋ヶ原トンネルの上から、逆方向を見下ろしているような感じ。

 茶屋ヶ原トンネルの周囲に歩道はなかったのですが、この百川トンネルの脇にはコンクリート製の階段があり、トンネルの上に登ることができるようになっていました。
 立入禁止の立て札はありませんでしたし、道はさらに奥まで通じており、人が歩いた跡がありました。

 問題は写真中央部。旧本線とは別に、トンネルの手前が広くなっています。写真では前後(上下)が詰まった印象を受けますが、実際はかなりの長さ。
 この場所もまさに、先日ご紹介した待避側線跡に違いありません。

 後になってから海側の一部を切り欠いて国道への坂道を造ったため、これまでこの待避側線には気づきませんでした。確かに、ここからだと列車交換ができる駅までにはかなり距離があります。
 そのため機関車だけでも待避させる設備を作ったのでしょう。

 52年前、センセイを乗せた列車はもしかすると茶屋ヶ原トンネルの手前ではなく、ここで機関車を追い越したのかもしれません。というわけで、先日の記述を一部訂正させていただきます。
 写真奥に見えるのは道の駅「マリンドリーム能生」。

 北陸自動車道のトンネル工事で出た土砂で海岸を埋め立ててできた場所に、休憩施設や蟹の直売所などが設けられており、今日を含めて、休日になると県内外から観光客が車で押し寄せます。
 センセイは、人々を集める理由の一つはやはりこの風景の魅力だろうと思っています。

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