2012年6月2日更新(2012年6月11日ページ移動。2015年11月3日一部写真削除)
■6月2日(土) センセイは、東京大学で開かれている学会に参加しています
というわけでセンセイは、東京大学(本郷)で開かれている学会に参加しています。先週末北海道大学で開かれた学会と同じく、教育学系の大会なので、メンツはかなり共通。
写真はヨーロッパ教育事情の分科会。こちらはかなり専門的なので人数は少なめですが、分科会によっては大きな会場なのに立ち見が出ている教室もあります。
今日の東京は梅雨の前触れなのか、ずっと曇っています。雨は降っていないのですが、少し歩くと汗をかくし、部屋でおとなしくしていたり、外から風が入ってくると、今度は寒い。
だから参加者もワイシャツの腕まくりもあれば、薄いコートを羽織っている女性もいるという具合。
う〜ん、この雰囲気はまるで、初夏のヨーロッパだ。それはともかく「ボローニャ・プロセス」「カリキュラムマップ」そして「リューブリック(!!)」など、関係者が聞いたらびっくりするようなテーマばっかり。
(年会費が高いのが難点だけど)やはり参加しただけの甲斐がありました。今晩は懇親会には参加せず、都内西部で一人暮らしを始めた娘のところに立ち寄ってからホテルへ。
早起きをして明日もこの学会に参加します。
■6月1日(金) ちょっとバタバタしていた間に、あちこちでお店がオープンしていた
昨日の講義の記録を読んでいたらその中に、「明日は休みだ〜↑ 明後日は学校だ〜↓」。
「明日の休み」とは今日、6月1日の金沢工大学園創立記念日(の休業)のことを指します。まぁ正直なところ、学生諸君にとってはそんなものかもしれません。
でも人間でも組織でも、節目は大切。今日の午前中はその式典に出席していました。終了後は急ぎの仕事に区切りをつけてアパートへ急いで戻ります。これから都内へ出張するのです。荷物をまとめてバス停へ急ぐと目の前を......金沢駅行きのバス。
すぐ近くに別系統のバス停があるので立ち寄ってみると、次の便までまだ時間があります。結局、本来のバス停へ戻ったのですが、その途中、見慣れない建物があることに気づきました。
正確に言うと、建物はずっと存在しているのです。でもそれがきれいに改装されて、台湾料理のお店になっています。
しばらく前までここはブライダルのお店で、その前はイタ飯のお店で、その前は......何だったけな。
たくさんの車で駐車場はほぼ満杯。撮影し終えたらOLが3人お店の外へ。その後ろ姿はホントに倖せそう。
う〜ん、興味ないわけじゃないけど、日中は大学にいるセンセイが、この辺で昼食を食べるのは年に一度あるかないか。
よく考えてみると、確かに工事はしていたのです。でも一カ所に腰を落ち着けて観察しているわけではないので、予想外の変化にびっくりしてしまったんですね。
先日の北海道ツアーでも同じようなことがありました。月曜日の6時前に自宅脇を通過したのですが、基礎工事をしていたはずのパチンコ店はもう建物が組み上がっていたし、JR線をまたぐ歩道橋も主要部分(「桁」)が架設されていました。
いずれも情報そのものは入っていたのです。でも西村センセイ、このところとにかく忙しかったので、ちょっと世間の動きにに取り残された感があります。
まぁ、それだけ仕事を頑張っている、と、好意的に理解したいところではありますが。
■5月31日(木) いつの間にか、大学食堂のテーブル配置が大きく変わっていました
買うかどうかは別にして、MacFan誌が並んでいるはずなので、新厚生棟2階の書籍コーナーへ......あれ?!
何だか食堂の雰囲気が違います。
2階へ行くためには通常、食堂中央にあるエスカレーターを利用します。それに乗って初めて、違和感の正体がわかりました。
テーブルが大きく配置変えされているのです。写真は道路側を撮影したものですが、奥にあった丸テーブルが、手前の、人の動きの多い場所へ移動しています。
この写真の反対側は、テーブルの並び方を90°変更しています。あまり絵にはならないので、写真は省略しますが。金沢工大ではいろいろな事情があって、この4月からまとまったお昼休みを設定しました。
今までは分散していた利用者が集中したので、お昼はとても混雑します。今回の配置変えはもちろん、その対策だと思います。確かめてはいませんが、テーブルの数も増えているのかもしれません。
これで少しは使いやすくなるといいのですが......。
■5月30日(水) 今回の北海道ツアーでは、昭和新山をはっきりと見ることができました
もう一晩だけ、北海道ツアーのお話を。
帰路のトワイライトエクスプレスは、観光客用の列車という性格が強いためか、車掌さんがよく観光案内をしてくれます。特に今回は、JR北海道、そして青森で交替したJR西日本ともに、割と説明が好きな方。
西村センセイ、個人的には車窓の景色を、何も考えずにボォーっと眺めているのが好き。でもこのツアーでは車掌さんの案内のおかげで初めて知ることがたくさんありました。
その一つが昭和新山です。何故かはわかりませんが西村センセイ、室蘭本線からは見えないと思い込んでいたのです。
ところがアナウンスによると「伊達紋別駅を過ぎると右手に有珠(うす)山と昭和新山が・・・」とのこと。もちろん有珠山(左)はわかります。12年前の噴火の時は大変だったのです。(ただしこの時はまだ、トワイライトエクスプレスには未乗車)
でも昭和新山をはっきり見るのは初めて。「赤茶けた・・・」山といったら、写真右のもの以外にはありませんよね。「ドーム状」とのことだったのですが......う〜ん、これはちょっと微妙。
かなり尖(とが)っています。しかも写真でもある程度わかるように、実際の形状は複雑で、見る角度によってずいぶん印象が違います。
でも、ま、昭和新山をはっきりと見たから、いっかー。翌日のJR西日本の車掌さんはもっとおしゃべりで、6時過ぎの直江津到着前から、一駅ごと──実際はそれ以上──に蘊蓄(うんちく)を語ってくださりました。
センセイがよく知っているからかもしれませんが、「ちょっと勘弁してよぉー」というのが正直なところ。金沢で降りた時に外から少し確かめたのですが、A寝台の多くはまだカーテンを降ろしたままだったのですから。
■5月29日(火) 西村センセイ、新青森駅を初めてこの目で確かめる
お伝えしたように今回の北海道ツアーはお腹の風邪に悩まされました。
特に帰路は広い個室寝台を一人で独占するという好条件にもかかわらず、ずっとベッドの上で寝たり起きたりという悲惨な状況。でもそのおかげ(?)で、いつもと違うこともありました。
例えば去年がそうであったように、西村センセイ、北海道からの帰路はたいてい青函トンネル内か、頑張っても青森駅で眠ってしまいます。
でも今回は少しウトウトしてもお腹の痛みに起こされる──悲惨だ──ので、ぐっすりと眠ることはありませんでした。そのためにトワイライトエクスプレスが青森駅でなぜか45分も停車する(!!)など、初めて知ることがありました。機関車の付け替えだけなら10分くらいで完了するのですが......。
実は今回も青森駅で眠りかけたのですが出発のショックですぐに起きました。ちょっと確かめたいことがあったのです。それは東北新幹線の終着、新青森駅。
センセイはまだ見たことがないのです。同じ列車で去年通過していますが、この時は熟睡中。青森駅を離れ、住宅がまばらになると、すぐに新青森画駅が見えてきます。
夜行寝台は室内を消灯すると外がよく見えるのですが、ほとんど何もない場所に新駅を建設したことが良くわかります。
写真は駅の手前で撮影したものですが、列車の進行を遮るかのように、ほぼ直行するような形で広がっているのが新青森駅です。
青森駅の手前でもいろいろ変化がありました。JR北海道とJR東日本の境界駅で、かつて全乗務員が交替していた中小国駅は通過。
線路脇に長い引き込み線が存在したのですが、それらはすべて撤去されていました。
ただし黄色の、両社の境界標はそのまま。では乗務員はどこで交替するのかというと、運転士は蟹田駅──かつては通過していた──で、そして車掌は青森駅で交替。
新青森駅を通過した後も、少なくとも弘前、秋田、酒田駅での停車を確認しました。運転士の交替のためでしょう。
新潟県に入り、村上駅にも停まったのだろうと思うのですが、その時はまだ寝ていたので、確認はできていません。その後は時刻表通り、新津、長岡駅に停車。
6時前に我が家を確認しながら通過し、6時半少し前に直江津到着。チャンスがあれば、運転本数も、そして乗るチャンスも少ない奥羽本線、秋田ー青森間をしっかりと見てみたいのだけど......もう無理かなぁー。
■5月28日(月) 至福の時になるはずが... ──毛ガニさん、ごめんなさい(合掌)──
寝台券を手にした時から、「もう乗る機会はないんだろうなぁー」と、どこかで感じていたのです。もちろん北斗星ないしはトワイライトエクスプレスのA個室寝台です。
北海道新幹線──新函館(仮)駅付近ではかなり工事が進んでいました──が開通すれば、夜行寝台特急廃止の可能性が高いし、車両ももうあまり長くはなさそうだし。
もっともそれを言い出したら、センセイの寿命とどちらが長いんだ、という話になるのですが。確かめてみるとそう感じたのは、今回で3回目。西村センセイ、結構しぶとく乗っていることになります。
でもやはり、ホントに最後かもしれないので、「いかにも北海道!!」という形で今回の乗車を終えたい。というわけで例によって帰りの車中で北海道の風景を愛(め)でながら毛ガニを食べることにしました。
白状すると新鮮な海産物を見ても、食欲はわかなかったのです。それよりむしろ、焼き魚とか、加工品の方に目が行ってしまう。良く考えてみると程度の差こそあれ、1週間くらいこの状態が続いています。実はずっとお腹の風邪をひいていたんですね。
要するに自覚していなかったというだけで、10分ちょっと停車する五稜郭駅でシャワーを浴びて身を清めた(?)上で、毛ガニに挑戦。窓の向こうには函館山。この画のために北海道へ来たようなもの......なのですが、どうもおかしい。
だって、毛ガニの味が全然わからない!!(実話)もちろん、ボサボサした感触はわかるのです。でも「あの」蟹の味なのかどうか、ほとんど思い出せないのですから。
もしここで、蟹かまぼこを詰められていたら、絶対に判別不能。「やばいぞ」と感じつつも、事態は急速に悪化の一途。それどころではなくなっています。
蟹を一口食べた途端、急に気持ちが悪くなってきたのです。......どうやら北大で相当無理をしていたらしい。
センセイにとっては信じられないことですが、ビールを少しだけ飲んで(!!)、今日はもうお終い。毛ガニはほとんど食べられずに廃棄してしまいました。
毛ガニさん、申し訳ない。(合掌)あまりのひどさに、室内をベッドに切り替えて就寝したのですが、時々内臓がねじれるような痛みがあって、熟睡できずに、夜明けを迎えました。
それでも札幌出発から19時間弱、ほぼベッドの上で過ごすことができたおかげで、今日は何とか出勤して必要な仕事の最低限を片づけることができました。
もし今回、ホテルに宿泊して昼間(ちゅうかん/ひるま)の列車をしていたら、身体が持たなかったと思います。夜行寝台特急のおかげなのですが......これってやっぱり、こういう利用方法は無理な歳になったんだよ、ということなのかなぁ。
■5月27日(日) 西村センセイ、予定通りトワイライトエクスプレスで札幌を発つ
というわけで、今朝は早起きして発表のファイルを作成――参加された方々にはバレバレでしたね――して、8時過ぎには北海道大学へ。これからお昼まで、分科会の司会と自分の発表を行うのです。
具合は良くならなく、水筒の水を飲みながらの司会。風邪を引いた時には水分を補給しなくてはならないのです。(センセイの発表はともかく)参加者や一緒に司会をしてくださった方のおかげで、12過ぎには任務完了。金沢へ戻ります。
これから乗るのは夜行寝台特急「トワイライトエクスプレス」A寝台個室「ロイヤル」です。
まず昼食。せっかく北海道へ来たのだから......といきたいところですが、とにかく体調不調なので、うどんを頼みます。
トホホ。ホテルへ戻って預けておいた荷物を受け取り、食料とビール、お土産を買い求めて札幌駅へ。
10分ほどでトワイライトエクスプレス――今回はJR西日本の車両だった――到着。本当はいろいろ遊びたいのですが、とにかく風邪がひどいので、ベッドを広げておとなしくすることにします。
金沢へ明朝、8時49分に到着。もちろん乗り換えは一切ありません。
それでは皆様、おやすみなさい。
※なお今回のような場合、個室料金はまったくの自己負担――要するに自腹――で、公費は一切使われておりませんので、誤解なきよう。