2014年7月26日更新(2014年8月3日ページ移動。2017年3月13日写真削除)
■7月26日(土) そして今日はついに、38.3℃!! ──熱風の京都から戻りました──
京都から乗車した特急「サンダーバード」からホームへ降りた瞬間、ムワッとした湿度の高い空気に包まれました。覚悟はしていたのですが、やはり金沢も暑い。
それでも、「今日の京都に比べれば...」と思ってしまいます。今日は9時過ぎから同志社大学にいたのですが、手配して貰っていた部屋がロックされたままだったので、しばらく建物の外の日陰で待つことになりました。
あの「逃げ場がない」暑さが容赦なしに襲ってきます。写真はお昼過ぎに撮影した同大学の門。関係者が持つペットボトル飲料が重く感じられます。それでも室内は冷房が効いています。
長引くかと覚悟していた会議は、意外にも3時過ぎに終了。皆で京都駅まで移動したのですが、すぐ近くにある地下鉄の駅が、とても遠くに感じられました。
それもそのはず、京都ではその頃、今日の最高気温38.3℃を記録していたのです。あまりの暑さに「ちょっとコーヒーを」のはずが、営業前の居酒屋に頼み込んでお店を開けてもらい、「とりあえずビール」に。
う〜ん。センセイは少し飲んだだけで予約していた電車に乗り、金沢へ戻りました。改札を抜けると、いつもと様子が違います。
浴衣姿の男女が目立つのです。ここでやっと気づいたのですが、今日は7月最後の、そして子供たちが夏休みに入った最初の土曜日。今日は金沢の犀川(さいがわ)沿いで花火大会が開かれるのです。
駅前からバスに乗り、自宅近くのバス停で下車すると、花火の音が聞こえました。ちなみに、その頃の金沢の気温は31℃くらい。午後5時前に記録した今日の最高気温は35.0℃だそうです。今日ばかりは、金沢にも「逃げ場」はなかったようです。
■7月25日(金) いたのは仙台、いるのは京都。あちらは32.3℃、こちらは36.8℃!!
もちろん今日の最高気温です。ちなみに石川県(金沢)は32.0℃だったとのこと。
センセイは朝から仙台国際センターで開かれた東北大学主催尾研究会に参加していました。国際センターは東北大学へ行く途中にあるので、何度も見ています。
でも入館するのは、大学入試センターの仕事で訪れて以来、約20年ぶり。今日の仙台はとにかく蒸し暑くて、バスを下車すると、すぐにセンターに駆け込まざるを得ないような格好。いつものメンバーが多いのですが、ふと気づくと、おぉ、少し離れた席に金沢工大のS副学長の姿が。
休憩時間に雑談をしていたら、「この場所は昔、体育館だったんですよ...」。S副学長はこの近くの高校を卒業後、東北大学へ進学されました。だから最初は漠然と、「ここに東北大学の体育館があったんだろうなぁ」と思ったのです。
でも調べてみると、この地に存在したのは「宮城県スポーツセンター」という県営施設らしい。彼の口ぶりからすると、地域の人に愛される体育館だったようです。
このまま実家に宿泊されるのかなぁと思ったら、明日、研究室に所属する4年生の研究指導があるため戻る必要があるとのこと。
S副学長は金沢行の飛行機に乗るべく途中で退出。センセイはほぼ最後までお付き合いして、東北新幹線に乗りました。揺れの少ないE5系「はやぶさ」に乗ってひとまず上京。
東京駅で東海道新幹線に乗り換えます。あまり乗る機会がないからかもしれませんが、車両中央部の席を予約しているのに、こちらはかなり揺れます。
約865kmを4時間をかけて駆け抜け、夜遅くに京都到着。日が暮れてからずいぶん経っているのに、まだ蒸し暑い。そもそも夏の京都は、とても暑いのです。ホテル到着後にアメダスの記録を読むと、京都の今日の最高気温は36.8℃(!!)とのこと。
仙台や金沢が涼しく思えてきました。センセイは明日の朝から夕方まで京都市内で仕事をするのですが......暑さに耐えられるだろうか。
■7月24日(木) し、知らなかった。12年間... ──センセイはかなり遠くへ出張中──
結果的に昨日に引き続き、金沢工大移籍12周年ネタとなりました。悪しからず。
学期末で非常に忙しいのですが、センセイは今日から土曜日まで出張中です。明日の金曜日は東日本で、土曜日は西日本。かなり長距離の移動となります。
だから本当は早めに、お昼過ぎに大学を出発するつもりだったのです。でも関係者は良くご存じの通り、ふだんの怠惰が祟って仕事が片づかず、出発は夕方になってしまいました。日没近くに糸魚川駅に差し掛かります。
カメラを構えて、とにかく撮影したのが写真。糸魚川駅の西側を見ています。大きな構造物は北陸新幹線の高架橋。糸魚川駅(新幹線)の西端付近になります。
夕方なので、全体に赤みを帯びています。今週月曜日、金沢への移動中に何げなく窓の外を見ると、え"っ!?
右奥の学校(糸魚川小学校)には気づいていたのです。でも敷地内に蒸気機関車──中央の黒い物体──が静態保存されているとは......。
知らなかった。金沢工大へ移籍してからの12年間、ほぼ毎週のようにここを通過していたにもかかわらず、冗談抜きでまったく知りませんでした。
調べてみるとこの小型蒸気機関車は戦前に製造されたC12型88号機で、大糸線(写真下部、一番奥の線路)に所属して貨客混載車や貨車を牽引してきたんだそうです。
生粋(きっすい)の地元蒸気機関車。センセイが気づかなかった理由もわかりました。この機関車はずっと、別の屋根付の場所に保存されていたのだそうです。それがどういうわけか、ごく最近、条件の悪いこの場所に移動させられたとのこと。
来春に迫った北陸新幹線新幹線開業と関係しているのでしょうか。実は、2010年3月まで大糸線で運用されていたキハ52型気動車の中の1両が知らない場所で保存されており、北陸新幹線の開業に合わせて、糸魚川駅舎内で静態保存、公開されることになっています。
もしかするとこの小型蒸気機関車も......と、ついつい妄想を逞(たくま)しくしてしまいます。どなたか正確な情報をお持ちの方はいらっしゃらないでしょうか。
■7月23日(水) 12年半乗った「愛車」が、どうやら寿命を迎えたらしい
金沢で乗っている自分の自転車に、1ヶ月ほど前から違和感を覚えるようになりました。後輪から「カクッ、カクッ」と、これまで経験したことのない振動が伝わってくるのです。
車輪の回転と一致していることから、タイヤに何かが起きたことは確実。「そりゃ、パンクに違いない。」
残念ながら、違います。だってセンセイの自転車、「絶対にパンクしない」チューブレス自転車なんだもん。
ちょっと見てみたのですが、暗がりだったので良くわかりませんでした。走行にさほど問題ないので、そのまま乗っていたのですが、数日後には「カクッ」が「カクーッ」、そして「カクーーッ」......。
帰宅時、大学の駐輪場の照明の下で見てみたら、おぉ。タイヤが「裂けて」います。一見するとかなり悲惨な状況。
この中には発泡ゴムの「芯」のようなものがあり、それは無傷なのですが、その外側にあるゴムが摩耗してしまっています。
灰白色のものは、ゴムの内側に貼られた繊維(布の類)です。購入してから12年半、さすがに寿命を迎えたようです。さて、どうしよう。
仕事でヘマをしなかったとして、かつ、大学がセンセイを不要だと考えなかったとして、さらにセンセイがそれなりに健康だった──これが一番怪しい──としても、金沢工大にいられる時間は限られています。
ずっとここに存在する、という前提で話を進めるわけにはいきません。他方、自転車なしに済ませるわけにもいきません。センセイの318iは信じられないほど良い車だけど、経済的にも、そして健康のためにも、車で全部済まそうとは思いません。
新品あるいは中古を買うか、大学院を修了する甥の、あるいは娘の自転車を譲り受けるか。近くの自転車店に入ってみたところ、一番安い変速機構のないもの──こちらの方がメカ的には安定──が1万円ちょっと。これまで乗ってきたものと同程度が3万円弱で、チューブレスは3万円強。
でも本質的な問題は、金額じゃないのです。センセイくらいの歳になると。どんな自転車を選ぶか。これは取りも直さず、残された人生をどう生きるか、なんです。端的に言うと。
■7月22日(火) 金沢駅ビル内の新商業エリア「あんと」オープン。その広さの秘密は?!
いつもと違って昨日は、金沢駅に電車で到着後、バスでアパートへ向かいました。
駅の改札を出ると、少し雰囲気が違う。何だか華やいだものを感じます。よく見ると、改札口前の自由通路に設置されていた仮店舗がなくなっています。
でも華やかさの本当の原因はどうも、違うところにあるようです。気配がする方に歩いていくと、おぉ、新しいお土産コーナー「あんと」(写真)の前に出ました。先日のニュースで報じられていましたが、訪れるのは初めて。
「あんと」の名前は、「ありがとう」という意味の方言「あんやと」から想起されたそうです。「お土産コーナー」という表現はちょっと不適切かもしれません。
相当な広さなので、商業施設というべきか迷うほど。ここにあった旧「おみやげ館」とは印象がまったく異なります。
広くて、優雅で、何かありそう......。最初はとても不思議に思ったのです。だって、駅ビルの基本的な構造は変わっていません。
主柱などは、絶対に移動できないのです。どうやってこの広さを実現したんだろうと思って観察すると、割と簡単にその秘密が解けました。
ここはもともと、在来線ビルの下に旧「おみやげ館」が、そして新幹線駅の下に飲食店ビル旧「あじわい館」が存在しました。
その両ビルを見かけ上、繋げるような格好で再開発しているんですね。つまり、実際に倍近い広さになっているのです。今後は未使用の空間を使って飲食店街を展開していくようです。
旧「おみやげ館」「あじわい館」ともに、風情と個性があったように思います。でもやはり、相当窮屈な感じだったので、今回の再開発はかなり成功したんじゃないかと思います。
はい。
■7月21日(月:祝日) これが駅名の文字数が最長となる新幹線駅、「黒部宇奈月温泉駅」です
お伝えしたように、先週は自動車で金沢まで往復しました。その時の話題を。
車を利用する時センセイは、高速道路と一般道を併用します。主に経済的な理由で、全行程で高速道路を使うと、特急電車で往復した場合より1.3倍以上高くなります。
それに、318iで一般道を走っていると楽しくて、いつまでも運転していたくなるし。通常は交通量が多い富山市付近のみを高速道路で迂回するのですが、今回は都合で黒部ICを利用しました。
その際に撮影したのが写真。盛土の上を軽自動車が走っていますが、これが北陸自動車道。黒部ICは写真の左側になります。
高速道路のすぐ奥に迫っているのが、北陸新幹線黒部宇奈月温泉駅。線路の工事はほぼ完成しており、すでに長野からここまで試験列車が運行されています。
駅舎の工事も順調なようで、1ヶ月ほど前、駅名の表示が取り付けられました。実はこの場所、ちょうど10年前に、この写真の右側から高速道路を駅を見下ろすような格好で撮影しています。
見比べると高速道路と駅舎の位置関係がよくわかっていただけると思います。駅のすぐ右側(南側)を、宇奈月温泉へ繋がる富山地方鉄道(写真中央)が走っており、北陸新幹線開業に際して新駅「新黒部駅」が設置され、新幹線の駅と歩道で結ばれることになっています。
駅付近だけでなく、宇奈月温泉への拠点ともなります。この黒部宇奈月温泉駅、漢字で表すと山形新幹線の駅に並び、ひらがななら単独で最長の名前を持つ駅となります。こちらも話題になるかもしれません。
■7月20日(日) 彼らと彼女の未来が、手に取るように... ──これからKITのオープンキャンパスへ行きます!!
──
ぶつけられた318iは、今日の午前中──たぶん10時過ぎ──に引き取りに来てくれることになったので、朝のうちに車を利用する用事を片付けることにしました。
まず、自宅出発前に列車の時刻を確かめてから、少し離れた柏崎駅へ。お盆の直前まで出張が続くので、特急券類を用意する必要があるのです。確認したのはセンセイが利用する列車ではなく、柏崎駅に発着する列車の時刻です。
今日は日曜日。駅の改装後、休日の窓口が減って不便になったので、他の利用者に迷惑をかけないようにするためです。センセイが到着した時点で、窓口で待っていたのは2名。
正確には、左の人の発券を終え、内容を確認して料金を支払うところでした。30分後に発車する特急「北越」自由席に乗車し、金沢まで日帰りで往復するとのこと。え"っ!?
改めて2人の様子を確認すると、割と賢そう。市内の高校あるいは中高一貫校に通う生徒でしょう。次の、写真中央の生徒に注意していると、「同じです...」。
う〜ん。センセイを一種の既視感(デジャヴュ:“ deja-vu ”〔アクサンおよびアクサン・グラーブ省略〕)を覚えました。
正確には過去ではなく、これから数年間のうちに起きることですが。彼ら二人は間違いなく、昨日から開催されている金沢工大の夏のオープンキャンパスに参加するため、金沢へ向かうのです!!
声をかけてあげようかな、と思いましたが、思いとどまりました。突っ込みどころは満載。金沢までは200km以上あります。彼らは100km以上の乗車で適用される学生割引を失念しています(たぶん、そもそも知らない)。
初めて見る女性駅員も同様。学割のことを指摘しないし、2人目の生徒には、「お支払いは現金ですか、クレジットですか?」
どう見ても高校生なんだから、その質問を省略するか「お支払いは(もちろん)現金ですよね?」とでも表現すべきでしょう。でも、発言を控えて正解だったと思います。
2人の男子学生は、多少の取りこぼしをしながらも、自分(達)の力でここまで来たのです。進学先の候補についても、多少の助言はあったかもしれませんが、自分で調べ、取るべき行動を判断したんだと思います。2人はたぶん金沢工大に入学し、大きな問題を起こすことなく数年後、社会に巣立っていくと思います。
困った/困っている学生とずっとつき合ってきた──それがセンセイの仕事なので──センセイの実感です。女性駅員も学割とクレジットカードの件はともかく、それ以外の対応は極めて適切です。センセイの番になって、例によって少々複雑な切符をお願いしたのですが、頭の回転が速い。
ちょっとだけ手助けしたのですが、その意味も即座に理解してくれました。新潟県内の女性駅員で、これほど優秀な方に遇ったのは初めてです。彼女に匹敵するのは、東京駅の当日窓口の女性くらい。(男女に差がある、と主張しているわけではありませんので、念のため。)
要するに、ここに写っている全員は、これからそれぞれの場所でその才能を伸ばし、この社会を支えていくことになります。内外ともに暗い話題ばかりだけど、彼らと彼女の姿を見ていると、未来はそんなに捨てたもんじゃないと思えてきます。偽偽らざる実感です。