2014年2月1日更新(2014年2月9日ページ移動。2017年3月13日一部写真削除)

──2014年1月第5週〜2月第1週のニュース──

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2月1日(土) 特急券だけを販売してもらえるだろうか... ──結果的には大丈夫だったのですけど──

 これだけじゃ、何のことかわかりませんよね。本当は昨日お伝えするつもりだったネタです。鉄道の話題が続きますが、悪しからず。

 昨日、金沢駅へ急いだのには訳があります。切符を購入する必要があったのです。正確に言うと、特急券を販売してもらえるかどうかが問題。バスを降りて切符売り場に急ぐと、写真のような状況。やれやれ。
 いつもは右側の当日券売り場を中心に、もっと混雑しているのです。

 少しだけ安心したのには理由があります。駅員への説明に多少時間がかかっても他の方に影響が少ない。実は昨秋、JR東日本大井町駅の窓口で乗車券類を同じように購入したのです。
 他に誰も待っていないことを確かめてお願いしたのに、条件が複雑だったこと、女性駅員の経験が浅かったこと、そしてもう一つの窓口──大井町駅には窓口が二つだけ──にに外国人のお客さんが入ったため、窓口に列ができてしまいました。

 悪いことをしているだけではないのに、背後に刺さる視線で大変でした。センセイは来週から再来週にかけて、本州を北から南へJR線で縦断します。片道1,230km。
 JR1社内だったら何の問題ないのです。

 でも本州はJR東西+東海に分断されています。基本となる乗車券は通して購入できるのであまり問題はありません。(ただし分社民営化で例外も多い)
 でも割引特急券は、指定方法や予約内容(座席の位置やキャンセル条件など)が各社ごとに大きく異なります。

 今回の場合、前半の特急券は東日本で、そして後半は西日本で予約済。乗車券は東日本で購入することにしています。
 しかし現在、JR西日本に所属する金沢駅に存在するセンセイは、乗車券を持たずにJR西日本の特急券のみ購入することになります。

 以前はあまり問題なかったのですが、最近は「乗車券をお持ちですか?」と尋ねられることもあります。
 JR側にも事情はあります。

 各種の割引は、同時に乗車券を購入すること、あるいはすでにきちんと購入していることが条件だからです。
 今回はというと、若い女性駅員からは何の質問もありませんでした。嬉しいような、悲しいような。

 とても誠実で好感が持てる方だったのです。でも申し訳ありませんが、先週、まさににこの場所で対応していただいた係員のような冴えを感じることはできませんでした。

 う〜ん、よく考えるとセンセイは、駅員から詰問されることを密かに期待していたのかもしれない。



1月31日(金) 最後の日 ──北陸新幹線来春開業に向けて、金沢駅は工事中──

 午後の講義を終えたセンセイは、事務室に顔を出して挨拶し、アパートへ。2週間ぶりに帰宅するのです。荷物をまとめて近くのバス停から路線バスに乗車。
 今日は信号機の変わり具合を含めて、信じられないほどスムース。

 つまり、予想よりも早く金沢駅に到着しました。工事中であちこち狭くなっている駅構内を抜け、まず来週の乗車券類を求めて窓口へ。京都へ行くことにしたのです。
 平日で利用客が少ないこともあり、乗車変更を含めてこちらもあっさりと終了。

 新潟行特急「北越」の入線までには時間があります。ふと、今朝読んだ新聞を思い出しました。金沢駅構内で、間もなく閉店するお店があるらしい。
 必ずしも不景気だから、というわけではありません。

 来春に迫った北陸新幹線開業に伴い、金沢駅および隣接するビルは大規模に改装──改築に近い──されています。だから工事中で、あちこちが狭くなっているのです。
 そのため、お店によっては一時休業をせざるをえない状況。

 実際、新幹線ホーム下には大きなコンビニがあったのですが、ずいぶん前から休業。休業ならともかく、これを機会に閉店する店もあるらしい。
 どうやら写真のオムライスのお店も撤退するようです。

 個人的には利用したことはないのですが、入ろうかどうしようか、何度か逡巡(しゅんじゅん)したことを覚えています。
 ショーウィンドウのあちこちに「1月31日 17:00で閉店」と書かれています。つまり、今日。

 お客は2組。少なくとも外から見える限り、男女2名の店員は緊張した表情でした。初めて目にしました。
 カメラを構えていると、2組の家族連れがセンセイの前をゆっくりと通過。手にしたデジカメを降ろします。

 それがきっかけか、一番小さな女の子がお店──というより、ショーウィンドウの内容──から離れようとしません。
 おーい、置いてきぼりになるよ。

 残念ながら彼女が再びこのお店を見ることはありません。もちろん指をくわえて見入っていた行為そのものも、彼女の記憶から消し去られるのでしょうが。



1月30日(木) トワイライトエクスプレス塗装の電気機関車、EF81 113号機がやって来た!!

 センセイの部屋に、電気機関車EF81 113号機がやって来ました。もちろん本物ではなく小さな模型。JR西日本から貰いました。

 ご存じのようにセンセイはJR東日本を中心としたJR線をよく利用します。乗車券類だけでも毎月数万円支払っています。このような場合、JRが発行するクレジットカードを使うと便利。
 しかもポイントが溜まります。

 センセイはJR東日本のカードをメインにしているのですが、数年前から西日本のe5489併用しています。JR西日本の座席を予約する時に便利なのです。
 でもこちらはメインではないので、あまりポイントは溜まりません。

 ちょっと前にJR西日本から連絡があり、獲得したポイントの一部が期限切れで失効するとのこと。
 これは何か、景品に換えるしかない。

 そこでこのトワイライトエクスプレス塗装の電気機関車、EF81 113号機を貰ったのです。実はこれ、ホッチキス。
 確かにそうでしょ?

 下部はマグネットになっていて、書類を留めるのにも使えます。(写真はホッチキスモード)
 EF81は交直両用で旅客用にも貨物用にも広く使われてきた電気機関車。

 このトワイライトエクスプレス塗装の機関車は、敦賀駅の西端(上下線の間)や、新大阪駅の南西側でほぼ確実に見ることができます。
 113号機は実在する機関車。

 いろいろ災難にも遭っていて、2012年2月に札幌発大阪行のトワイライトエクスプレスを牽引中、豪雪のために立ち往生こちらの2月20日も参照)しています。
 そのトワイライトエクスプレス。昨秋の廃止発表後はA個室「ロイヤル」の確保が難しくなっています。

 「トワイライトのA個室でサッポロクラシックビールの栓を抜き、函館山を愛でながら北海道産の毛ガニを...」はやっぱり、もう無理かなぁ。



1月29日(水) 電話取材 ──センセイは学者だったのね。半分忘れてたけど──

 写真は6時過ぎにアパートを出た時に、びっくりして撮影したもの。輝度を調整しています。実際はまだ相当暗く、朝焼けが始まった東の空以外は真っ暗。
 細い月がお分かりになると思います。

 その月の、欠けて暗い部分がいつもとは違って、かなり光っています。「地球照(ちきゅうしょう)」(earthshine)と呼ばれる現象。これほどはっきりした地球照は生まれて初めて見ました。
 ちなみに、月の左で輝いているのは金星。

 三日月状の月は迫力がありませんが、今日の月はまさに球。大きく、そして存在の重さを感じさせます。
 明るく輝く大きなボールが空中に浮かんでいるんですよ。ものすごい迫力。

 SF映画などで、どこかの惑星の上にとても大きな衛星が描かれていることがありますが、それが目の前で起きているのです。
 冗談抜きで、我が目が信じられませんでした。

 満月の時の月も大きく感じますが、その時は円盤状に輝くため、球体であるとは感じません。
 今日の月は特別。

 大学までは自転車でほんの15分くらいなのですが、周囲が明るくなるのに伴って、地球照は急激に弱くなりました。
 地球照は古代から観察されてきました。

 近代の天文学者、物理学者ガリレオ・ガリレイは、主著『天文対話』(1632)の中でこれを「大きい地球が太陽光の一部を反射し、月の暗い側を照らす現象」として説明しています。
 彼の主張には間違ったものも多いのですが、この説明はまったく正当です。

 実は昨日の午後、講義の準備をしていると大学の受付から電話が転送されてきました。「テレビ番組を制作している○○さんからです」。申し訳ないのですが存じ上げない方。
 申し訳ありませんが、不動産の売買などの迷惑電話かしらと訝
(いぶか)ったのです。でも話を聴いてみると、本当に番組を作る方。

 地動説を提唱した(ことになっている)天文学者コペルニクスとガリレオの関係を、初めての人にもわかるように教えて欲しいとのこと。クイズ番組で使いたいようです。
 そこで誤った俗説を確認した後に、歴史的な背景や展開を説明しました。

 でもセンセイ、最初は警戒していたのです。嫌な経験をしているので。

 実は15年くらい前に新潟県の地方紙『新潟日報』に、今回に似た記事が掲載されました。作者は天文画家。つまり天文学の歴史に関するプロではありません。
 それは別にかまわないのですが、困ったことに内容がまったく間違っているのです。

 『新潟日報』紙の読者の中で、根拠を示しつつそれが誤りであるということを説明できる人はセンセイしかいません。この分野の学者はそんなに多くないのです。
 現在はもう、ほとんどいないかも。

 そこで新潟日報本社に電話をかけると、たまたま担当したデスク──かなり偉い人──に繋がりました。ところが意外にも、事情を説明された彼は怒り始めたのです。
 誤りを認めたくないらしく、最後には電話口で「それはあなた(=センセイ)がキリスト教の学校にいるからでしょう!!」(以上は実話)

 確かに前任校はキリスト教系の大学でしたが、そこに在籍しているということと真実は別。そしてセンセイは仏教徒(曹洞宗)。彼のメッセージは基本的には単純です。
 「オレは自分以外の人の話をちゃんと聴くつもりはないからね」。

 他人の話をちゃんと聴くってことは、場合によっては聞き手である自分が変わることを意味します。だからたいていの人──特にオトナや「先生」と呼ばれる人種──は聴いているふりをするだけ。

 でも今回の方は違いました。というか、どうも俗説が正しくないらしいということに気づいてセンセイを探し当てたようです。概要を理解され、お礼を伝えられて電話は終了。
 受話器を置いた西村センセイ、まず「もっとうまい説明方法があったなぁー」と反省。

 今日はこの季節には不釣り合いなほどの晴天。窓の外を見ながら、センセイは学者だったんだということを思い出しました。

 西村センセイ、だからもう一度反省したのです。



1月28日(火) 広島駅で尾道ラーメンを食べてみました。しばらくご無沙汰しているので

 もう1日だけ広島の話題を。

 お伝えしたように昨日は、広島駅でひとまず解散。どこかでお昼を食べる必要があるのですが、お土産が結構嵩張って動きにくくなったので、駅構内で済ませることにします。
 いろんなお店があることは確認しています。

 エスカレーターで2階へ上ると、まず目に入ったのがお好み焼きのお店。広島名物ですが、西村センセイ、まだ食べたことがない。挑戦してみようかな。
 でも平日の昼過ぎ、ピークを過ぎた時間帯なのに、お店の前には長い行列。

 同行者がいたら違ったのかもしれませんが、小心者のセンセイはその時点で挫折してしまいました。よく見ると何と、その奥も、さらにその向こうもお好み焼き屋さん。
 びっくりしたのですが、そちらにはお客さんが全然いません。(実話)

 こうなると、最初のお店とは別な意味で入りづらい。そこでさらに奥へ進むと、行き止まりに尾道ラーメンのお店がありました。メニューを見ていると、暖簾の向こうから「いらっしゃいませ」。
 センセイは1985年8月4日に尾道を訪れています。

 小津安二郎監督の名作「東京物語」の舞台。一度行ってみたかったのです。前日まで滞在していた岡山から各駅停車で移動しました。予想以上に風情のある街で、とても気に入りました。また瀬戸内での生活を初めて見る機会ともなりました。
 だからとても懐かしかったのです。「秘伝のタレを足しながら使っている」とのことだったし。

 一番オーソドックスと思われる「尾道ラーメン」を頼むと、何か質問されました。耳が遠くなっている──残念ながら事実──ので確かめると、「細麺にするか平麺にするか」とのこと。
 逆に事情を尋ねると、細麺を注文する人が多いものの、尾道では平麺が普通なんだそうです。もちろん後者をお願いします。

 間口の狭さと違って、意外に広い店内を見渡すと、常連客が多いようです。調理場の様子から、センセイの分が出来上がったことがわかります。所用時間はわずか。
 つまり細く、すぐに茹で上がる麺を使っていることになります。

 届いた尾道ラーメンの第一印象は、「醤油の色が濃い」。まるで東日本のうどんや蕎麦のようです。
 一口頂くと、やはり魚介系のしっかりした味。ただし最近流行しているようなくどさとは無縁。

 麺はと言うと、平麺のはずなのにご覧のように縮れのない細麺。お店の人が間違えたのかなぁー」。
 でも、よぉーく見ると、これが確かに平麺なのです。

 センセイがイメージしていた、きしめんのような平べったい麺ではなく、断面が少し長方形になっているかな、という程度。
 こういうところまでこだわっているんですね。

 噛んでみるとモチモチ感が少ない、従来型の細麺。この地が西日本であることを示しています。
 良くわからなかったのが、手前の天かすのような物体。

 ちょっと油っぽかったので、個人的にはほとんどパスしました。何だったのか、訊けば良かったなぁ。

 総じて今回の尾道ラーメンは、「流行りの新しいお店ができたから、車に乗って出かけよう」というような感じではなく、老人から子供まで、地域の人が毎日普通に食べるような感じ。
 観光客やビジネスマンを除いた、この店のお客さんの顔ぶれと似合っています。

 個人的にはその地に根ざした、こういう食べ物の方が好きだな。

 残念ながらその後、尾道には行っていません。正確に言うと、夜行列車で数回通過しているのですが、肝心な時には眠っていました。生きているうちに、また訪れてみたい場所です。
 ずいぶん変わっているんだろうけれど。



1月27日(月) せっかくの瀬戸内なので、ご褒美を兼ねてセンセイ自身のお土産は...

 正解は「じゃこ天」です。天麩羅というよりかまぼこなんだと思います。(たぶん)

 気を使い、体力も消耗する仕事は今日の昼過ぎに無事完了。同行者と広島駅に戻り、新幹線ホームでの集合を確認した後は自由行動。お昼を食べ、お土産を購入します。
 広島のお土産と言えば「もみじ饅頭」が定番。

 でも近所に配るにはちょっと高い──貰った側が気を使う──ので、そちらは別なものに。事務室の女性陣のためには、お好み焼き風のおせんべいを選択。

 必要なお土産を揃えて駅構内を歩いていたら、ふと、写真のお店の前でセンセイの足が止まりました。
 「じゃこ天」の文字が目に入ったのです。

 じゃこ天に初めて出会ったのはJR松山駅構内のうどん店。恐る恐る口にした、というのが正直なところ。
 美味しさとともに感じたのは、「瀬戸内の人にとって、とても身近な存在なんだろうなぁ......」。

 それ以来、瀬戸内を訪れる時はじゃこ天に注意していたのです。

 ただし今回は広島ということで、牡蠣とお好み焼きともみじ饅頭の陰に隠れてしまっていました。
 というわけで棒状のじゃこ天──いろいろな形状がある──と含めていくつか購入。

 金沢のアパートに戻ってから袋を開き、まず一口ずついただきます。他のものも決して悪くないのだけど、やっぱりプレーンなじゃこ天(?)が一番ですね。
 しかしここで問題が発生。

 どう調理していいのかわからないのです。今まではうどんのトッピングだったり、ビールのつまみにそのまま頂いたり。結局、鍋物にしたのですが、正直なところイマイチ。
 念のために申し添えますが、問題はじゃこ天そのものではなく、センセイの不適切な調理方法にあります。

 やっぱり、慣れ親しんだ味(や調理方法)じゃないとダメですね。 



1月26日(日) お約束。安芸の宮島、厳島神社を訪問しました

 お昼過ぎに今日の業務を無事に終えて、センセイは無罪放免。この機会に宮島の厳島神社を訪問しました。お約束のネタです。

 宿所は広島駅の近くなので、任務を完了するとひとまずホテルへ。ネクタイを外し、不要な荷物を部屋に残して路面電車の駅へ向かったのですが......よく分からない。
 どう行けばいいのかが。

 ご存知の方も多いと思いますが、厳島(いつくしま)神社は瀬戸内海に浮かぶ宮島にあります。センセイはJR山陽本線の車窓から何回か見たことがあります(直近)が、実際に訪れるのは今回が初めて。
 本州(?)からは船――実際はフェリー――に乗る必要があります。

 調べてみると、JR宮島口駅あるいは広電宮口駅で下車し、乗り換える......らしい。でも後者の詳細がよく分からないのです。前者については、JR西日本がフェリーを運航しているとのこと。
 今日も夜に飲み会が設定されており、あまり時間がなかったので、とにかくJR線およびJRのフェリー券を購入しました。

 広島駅のホームに出ると、程なく岩国行きの山陽本線各駅停車が到着しました。30分弱の乗車で、宮島口駅到着。

 宮島口駅は背後に迫った山と目の前の海に挟まれた狭い場所に位置しており、そこを交通量の多い国道2号線が走っています。そのため横断歩道はなく、曲がりくねった地下道を通る必要があります。
 何だかなぁーと思いながらそこを抜けると、フェリー乗り場。宮島松大汽船とJRの乗り場が隣接しています。

 前述した事情により、センセイはJRへ。時刻になると宮島からのフェリーが到着します。いつの間にか、JRの船長さんも登場して、到着を出迎えます。同じJRであっても、鉄道マンとは雰囲気がまったく違います。
 ここは瀬戸内。かつては陸路よりも海路が主要な交通手段だったんですね。船長さんの背中に、歴史が溢れています。

 フェリーは15分おきの運航。背後には、いつの間にかたくさんのお客さんが並んでいました。それが皆、乗り込んだのを確かめたかのように、出帆。JRは厳島神社の大鳥居の近くを通ります。(看板にそう書いてあった)
 でも、実はそれ、宮島へ向かう時だけ。衝突防止のためでしょう、JRも往復で航路を変えているのです。帰路にそれを知りました。

 それはともかく、宮島へ到着すると、人、人、人......。とにかく観光客(+野生の鹿)だらけ。
 日本人に加えて、アジアやヨーロッパ系の外国人観光客が目立ちました。

 神社を一巡し、大鳥居――どうやって建設したんだろう――に驚嘆しながら、フェリーに戻りました。
 「まぁ、こんなもんかな」というのが率直な印象。

 ただし一つだけ驚かされたことがあります。それは潮の満ち引き。

 写真は宮島到着時に撮影したものです。護岸を見ると、2mくらい上まで、貝がへばりついていたりします。潮がここまで来るのです。
 日本海側ではこれほどの干満の差はありません。

 「すごいなぁーと驚かされたのですが、何と、本州に戻る時になると、目の前で潮がどんどん満ちてきました。
 「海水が迫ってくる」という感じ。冗談抜き。

 センセイを含めて、ご縁のない方にはにわかに信じてもらえないと思います。やはり日本は広い。

 行ったことがない場所ばかりで、まだ逢ったことのない人がたくさんいらっしゃいます。今回の出張でも、つくづくそれを思い知らされました。 

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