2015年7月4日更新(2015年7月12日ページ移動。2018年1月6日写真削除)
■7月4日(土) 1ヶ月後、この海岸は音楽を楽しみながら、夕日を愛でる人々でいっぱいになります
昨日はまず新潟市西部の海岸近くへ。途中順調に走行できたので、約束の時刻より30分ほど早めに目的地付近に到着しました。さて、どうしよう。
国道沿いの広い公共駐車場に車を止めます。駐車場の隅に、写真のなぎさふれあいセンター「ゆうやけこばり」があります。まるで砂に埋もれているかのよう。以前から知っていたのですが、昨日初めて入ってみました。
ご覧のように、内部は休憩施設になっており、夏場は冷房が入るそうです。掲示してあるパネルは、新潟市海岸部の保全活動の取り組みや、植生を紹介したものなど。
なぜこの場所で、と不思議に思われるかもしれません。ご存じのように新潟市は日本海に面していますが、その海岸部は砂浜がなっています。砂丘と言うほどではないのでしょうが。
かつてはとても広い砂浜だったそうですが、現在ではそのようなことはありません。新潟市海岸部の砂は基本的に信濃川および阿賀野川によって上流から運ばれてきたものです。
信濃川はしばしば大きな洪水を引き起こしたため、その途中に大河津(おおこうづ)分水が建設されました。新潟平野は大河津分水によって水害から救われたのですが、一つ困ったことが起きました。
川の水とともに、土砂も分水側へ流れるようになったのです。大河津分水が日本海にそそぐ寺泊では砂浜がどんどん広がるのに対して、新潟市付近には土砂がもたらされなくなり、砂丘も痩せていきます。
そこで現在は、海岸から少し離れた場所にテトラポッドを設置し、その内側に砂を堆積させるようにして海岸を保全しています。
それを紹介する施設でもあるんですね。この付近は約1ヶ月後の8月8日(土)の夕方、人々で埋め尽くされるはず。「日本海夕日コンサート」が開かれるのです。
新潟市は夕日が綺麗な場所なのですが、音楽を楽しみながら、夕日を愛(め)でようというイベントです。西村センセイ、実はこの近くに5年ほど住んでいたのですが、あまりにも多くの人が集まるので、コンサート会場に足を運ぶことはありませんでした。
それに借りていた家でも音楽は良く聞こえていたし。ちなみに新潟市では、夕日は日本海には沈みません。佐渡に沈みます。こればっかりは、見てみないとわからないだろうと思います。
■7月3日(金) 「チャンカレ通り」(仮称)を、初めて車で通り抜けてみました
今日は朝食を済ませてからまず、318iをざっと洗車。
昨晩240km走行したので、どうしても汚れがついてしまうのです。大学の駐車場に置いていた間に、鳥の糞をかけられてしまったし。もちろん汚れは気がついた直後に拭き取ったのですが。
今日は平日。自宅の斜向かいには市の福祉センターや福祉施設があって、道路を出勤する人が歩いています。登校途中の高校生は自転車で通過。ゴミ回収の日でもあるので、地域の方がビニール袋を運んでます。
何だか時差ボケのようなものを感じがします。でもせっかく頂戴した休暇なので、有意義に使わなくてはなりません。綺麗になった愛車で約100km離れた新潟市へ向かい、親戚などいくつかの用を片付けます。
お昼過ぎに自宅へ戻り、休憩してから再び318iで金沢へ移動開始。何度もお伝えしているように北陸新幹線金沢開業で、個人的には自宅−金沢間の移動がとても不便になりました。東京その他へ出張する場合を除き、現在はすべて車での移動。
車は便利ですが、事故の危険性が伴います。そこで車をメインに使うと決めた時に、「2日連続での長距離運転は避ける」ことを原則にしました。今回はその例外。しかも今日は新潟まで往復しています。
だから日程に余裕──少なくとも本人はそのつもり──を持たせ、十分に休息して行動します。金沢での道中、いつもより長めに高速道路を走ったのです。でもやはり、眠気を感じてしまいました。早めに一般道へ降りて、安全(+省エネ)運転に徹し、予定通りの時刻に無事金沢へ到着しました。ご安心ください。
というわけで、「雨の日だって」シリーズ最終回。「池田屋」改め「マキシマム ザ ラーメン 初代 極」を通り過ぎた場所ではまだ道路工事が続いていました。
しかし長かった工事も最終段階に入っており、ご覧のように、もう普通に通り抜けられそう。というわけで一昨日の夕方、センセイが勝手に「チャンカレ通り」と名付けているこの場所を車で通ってみました。
実はこの工事、写真奥の場所での作業が長引いていたのです。手前は割と早く工事が終わったのですが、写真中央奥、アパートの敷地を一部削って道路にする必要があったのです。
その関係でしょう、よく見ると道路が緩やかに湾曲しています。この道路、センセイにとってはとても重要。いつもの酒屋さんへ行くためには、この道路を使うのが一番便利なのです。
なぜこれが「チャンカレ通り」(仮称)かって?チャンカレに面した道路はすでに、「工大通り」として金沢・野々市市民に定着しているからです。
■7月2日(木) なぜ今朝は、こんなに静かなんだろう ──ラーメン店に新しい看板が掛かりました──
お伝えしたように、センセイは今週末も仕事が入っています。
ただし先週のような出張ではなく、大学に留まります。金沢工大に事務局がある学会の集まり。というわけでセンセイは明日、休暇を頂戴しています。
ただしお休みといっても、今日の勤務終了後に新潟の自宅へ戻り、明日の夕方には再び金沢に存在する(はず)。その準備もあり、今朝はいつもよりちょっと遅めに車でご出勤。7時前に大学へ到着しました。昨日は行事で使えなかった駐車場に入ろうとして......あれ?!
割と広い駐車場なのですが、公用車以外の車が見当たりません。昨日同様、何か行事が入っているかと思って掲示を確かめたのですが、何もない。しかも怖ろしいほどの、静寂。
でも守衛さんは平常勤務です。良かった。いつもならポツポツと職員が出勤し始める事務室──こちらも消灯したまま──脇を通り過ぎて、自室へ。
コンピュータを立ち上げて、何が起きているのかをやっと理解しました。もちろん「なでしこJapan」です。センセイは全然知りませんでした。
劇的なゲームの結果については、ご存じの通り。写真は「雨の日だって」シリーズ第2弾。昨日のお昼に撮影しました。
大学近くのラーメン店旧池田屋の看板が、お伝えした「マキシマム ザ ラーメン 初代 極」に掛け替えられています。
お店のツイッターには夜の看板の様子も紹介されています。店主のブログの存在を初めて知ったのですが、その中には金沢工大生(夫妻)の話も登場します。やっぱり池田屋/極の情報が、現役工大生のDNAに書き込まれつつあるんだろうなぁ。
ただし昨日の時点で、2カ所ある出入口引き戸の表記は「池田屋」のままでした。たぶんオープンの土曜日までには修正されていると思いますが。
■7月1日(水) 雨の日だって、悪いことばかりではないと思う ──2000分の1秒の世界──
全国的にそうだったように、金沢も昨晩から雨。特に明け方は激しく降りました。
可能ならば、雨が上がってから出勤したい気分。でも今日は水曜日なので1限に講義があります。それに今週は──「今週も」と言うべきか──自動車で金沢に来ています。車で行けばいいのです。
乗り降りの際にかなり濡れながらも、とにかくご出勤。今日は大学で行事があるので、研究室に一番近い駐車場は使えません。そこで大学裏の、ちょっと離れた場所に駐車して、いつもとは違う経路を歩いて校舎へ向かいます。
金沢工大は冬季の降雪対策として、多くの建物が屋根のついた回廊で結ばれています。遠回りではあるものの、「コ」の字型に歩けば濡れずに済みます。いよいよ研究室のある建物、という場所で写真の場面に出くわしました。
......何だか良くわかりませんね。建物の屋根に溜まった水を1カ所に集めて、縦樋(とい)を使って地面近くまで落としているのです。
そこにはボウル状の水受けが。実は大きな音を立てながら、そして水しぶきを上げながら、水が滝のように落ちているのです。
ここでふと、高速でシャッターを切ったらどうなるんだろう、と思ったのです。センセイが現在使用しているデジカメは最大2000分の1秒の高速で撮影できるらしい。
いつもはボケを出すため、絞り優先モードにしており、速度を優先したことはないのです。いつも通りに撮影していたら、中央で落下する水は太い線の束のようになっていたと思います。迫力はあると思います。
その代わり、この速度なら水滴が止まって見えます。水滴を拡大したのが右上。高い所から落ちるのだったら、雨粒のように安定した形──実は空気抵抗で潰れた球形になっている──のでしょうが、今回は空気中に放出された直後。
だからでしょう、形は千差万別。雨もの日も悪いことばかりじゃ......と、ちょっと嬉しくなって建物に入ったのです。でも、う〜ん、もしこれが徒歩での出勤だったら、絶対にそうは考えないよな。
つくづく、人間は自己中心的な生き物だ。
■6月30日(火) 講義が終わりに近づいてきたので、教室から外を撮影してみました
今日の講義は今学期12回目。
全体は16回ですからその3/4を終えたことになります。しかも最後はテストやそのチェックなど。つまり、金沢工大の講義は最終盤を迎えているのです。
というわけで(?)昨日、教室から外を撮影したのが写真。講義棟5階南東隅から、ほぼ真東を見ています。講義は午後の遅い時間で、しかもその終了後。建物や山々は西日を浴びています。
中央の建物群、左手上部に赤い十字が見えます。センセイが9日間入院していた金沢赤十字病院です。
この建物から600mしか離れていません。センセイが入っていたのは前回、今回ともに中央やや右手の白っぽい建物。左手の茶色がかった建物は最近新築されたものです。
こっちから病院が見えるということは、病院からも金沢工大が見えるということ。病院から西側の金沢工大を見てみると、いくつかの5階建ての建物が並んで、壁のように聳(そび)え立っています。
こちらから病院を見るとそんなことはないのですが。前回も感じたのですが、実際に入院してみると病院への距離感がまったく変わってきます。当たり前と言われればそれまでですが。
カレンダーに「手術」と書き込んだ人はその後、どうなったんだろう......。でも、色んな人にお世話になったにもかかわらず、こちらから積極的にお友達になりたいという気持ちになれないのは、やはり病院だからでしょうか。
■6月29日(月) やっと少し落ち着いたので、キャンパス内外をチェックしてみました
自分では意識はしていなかったのですが、昨日までの学会はやはり相当なプレッシャーだったらしい。プロの、しかも優秀な学者集団を相手にしていたからでしょう。
今朝も早く目覚めたのですが、無理せずにゆっくりと出勤しました。最低限の仕事を済ませてから、気持ちの整理も兼ねて後者の外へ。お昼の弁当か何かを買い求める必要もあったのです。まずは1ヶ月前にチェックしたニュートンのりんご。
太陽との位置関係で、レンズフレア(ハレーション)が入ってしまいました。右手奥の2個連なった実との位置関係からすると、たぶん同じ実を見ていると思うのですが、実の向きが少し変わっているようです。
理由は良くわかりません。一回り大きくなっただけでなく、下部が少し長くなったようです。そのため、底部中央の萼(がく)が相対的に奥に引っ込みつつあります。
出臍が普通の臍の形になったようなものです。行き先を決めていなかったのですが、りんごの木との位置関係から自然と西方向へ歩き始めました。
高橋川を渡ったばかりの所には、昨日閉店したラーメン店「池田屋」。脇の駐車場に黒い車が1台入ったのですが、ドアの外から店内の様子を確かめると、立ち去ってしまいました。
たぶん閉店を知らなかったお客さんでしょう。その旧池田屋、今週末に「マキシマム ザ ラーメン 初代 極(きわみ)」として昼のみ営業を始めるそうです。ファンの学生諸君は当然、この情報を知っているはず。
オープンする土曜日は、凄いことになるんだろうなぁー。
■6月28日(日) 大隈公の視線の先にあるもの ――西村センセイ、学会で考え、そして多少は働く――
学会2日目。
梅雨の季節だし、実際昨日は雨がちだったのに今朝の東京は快晴。まだ5時前だというのに、カーテンの隙間から差しこむ強い日差しで目覚めてしまいました。でも今日は急ぐ必要がないのです。
センセイの発表は昨日の午後、つまりもう終わっているのですから。しかしこんなに明るくては寝直すわけにもいかないので、早めに都電で早稲田大学へ。午前中のセッションに参加してから、お昼休みに撮影したのが写真。
早稲田大学の初代総長、大隈重信公の銅像です。西村センセイ、今回は金沢工大で担当している大学院の講義とその意味について報告しました。センセイとしては、それなりに準備したつもり。
発表要旨(「レジメ」)を2ヶ月くらい前に提出したのですが、一番伝えたいことはわざと曖昧にしておきました。その後いろいろ考えていたのですが、センセイにしては珍しく、今日は相当はっきりとメッセージを口にしました。
聴衆の顔を見ながら話していたのですが、その時ニコニコとうなずいたのは一人の女性だけ。
......気持ちが先走り気味だったらしい。いくつかの発表とそれに続く総括討論の後に、司会を務めた先生が発表全体について「研究の意図を明確にして欲しい」と苦言を呈されました。
非常に珍しいことです。センセイの発言はセンセイのものを直接指していたわけではないのですが、対象に含まれていたこともまた、確か。
でも、まぁ、考えてみると真摯な評価をいただくことができたわけです。ここは素直に感謝。というわけで、今日は気を取り直しての参加だったのです。
午後から公開シンポジムが開かれたのですが、センセイの期待とは少し異なる内容だったので、最初はちょっとがっかり。でも発表内容は極めて優れていたので、こちらの態度もすぐに変わります。
夕方から夜にかけて、最後の会合が開かれました。北陸新幹線が金沢まで開業したので、かなり遅くまで残ることができます。今回は予定終了時刻に合わせて新幹線を予約しました。しかしこちらのセッションも盛り上がります。
気がつけばもう、早稲田大学を離れなければならない時刻。他の人に迷惑にならないように荷物をまとめ始めたのですが、その様子を誤解してか、あるいは目が合ってしまったからか、司会のY先生からご指名で発言を求められました。
金沢工大での事情を報告してから、会場を後に。これから地下鉄とJRを乗り継いで東京駅へ向かうのですが、会場の建物を出ると再び大隈公の脇に至ります。夏の太陽はずいぶん西に回り、大隈公は日陰に入っていました。
......視線の先に、本当は何があるんだろう。