2015年6月27日更新(2015年7月4日ページ移動。2018年1月6日写真削除)

──2015年6月第4週のニュース──

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6月27日(土) 都電に乗りました。たぶん半世紀ぶりです ――西村センセイ、ここでも鉄分補給――

 というわけで今日のセンセイは、学会に参加。現在は懇親会を終えてホテルに戻ったところです。

 でも今回は、このホテル選びが少し問題だったのです。大会の会場は早稲田大学。決して不便な場所にあるわけではないのです。でもJRとの接続宿泊を考えると、ちょっと中途半端。
 早稲田大学キャンパス内にホテルがある(!!)のですが、センセイのような庶民には無理。

 ふと、前回訪問した時に、大学正門前近くから都電が出発していたことを思い出しました。

 というわけで昨晩は、都電とJR山手線が接続する大塚駅前のホテルに宿泊。大塚駅に降り立つのは26年前、当時駅近くに学生として居住していた弟を訪問して以来のことです。
 駅前の様子は変わっていましたが、当時の面影は確かに残っています。

 今日は早めに起床して発表スライドを修正し、駅前の都電乗り場へ。ちょうど早稲田行きの路面電車がやってきました。
 三ノ輪
(みのわ)―早稲田間に唯一残された都電荒川線。

 親戚が町田に住んでいたため、路線の反対側の区間には乗車したことがありますが、それはセンセイが小学生の時のこと。
 何と、半世紀ぶりということになります。

 乗っていて気付いたのは、東京の地形の凹凸、つまり高低差。「目黒の秋刀魚」は、場所によっては東京湾の入り江が山の手に迫っていたことを示しています。
 埋め立てや道路建設が進んだ現在では分かりづらくなっていますが。

 鉄道は高低差を嫌うため、山を削り、谷を埋めます。だからますます分かりづらい。ただし同じ鉄道でも、路面電車は別。
 オリジナルの地形に従順に従って進みます。

 上り坂は「急だなぁ」とは思うものの、実はそれほどでもないのです。しかし同じ坂を下る時は、「え"、こんなに急だったけ......」。電車なので勾配には強く、気にするほどではないのですが。
 というわけで、こんな都心部でも鉄分を補給してしまうセンセイなのでした。

 ......何をしに、来たんだっけ。



6月26日(金) 開店まで、まだあと20分。雨の中で「池田屋」を待つ若者が14名

 お伝えしたように、センセイは3週連続で週末にお仕事。

 まず明日から早稲田大学で開かれる学会に参加し、論文を発表することになっています。でも今日は午後に重要な会議が。この会議がなければ休暇を調整して新潟の自宅から上京する――こちらの方がずっと近い――こともできたのですが......でも仕事は仕事。
 自分の都合ばかり言っていられません。

 立場上の仕事が昨晩舞い込んできたため、深夜までかかって何とか対応。とにかく数時間寝て、今朝はその続編と締切が迫った公的な仕事に取り組みます。
 でも、体力を使う午後の会議のことを考えるとどこかでお昼を食べておく必要が。

 何とか仕事に目途がついた11時ころに作業を中断し、雨の中、傘を差して久ししぶりのほっかほっか亭へ。
 大学へ戻ろうとして......え"っ!?

 閉店が今週末に迫った池田屋の前に、数本の傘が見えたのです。何事だろうと思って近づくと、傘の数がどんどん増えます。
 池田屋の開店を待っているのです。数えてみると11人。

 お店は角地にあり、写真の前後を走る道路だけでなく、左右を横切る小路にも面しています。その小路の反対側にも3人雨宿り。
 これで計14人。

 全員が若い男性。表情からして皆、本学の学生と思われます。

 写真を撮影したのは11時20分。11時半に開店するようで、そのころ、この場所にお客と思(おぼ)しき人が立っているのを目撃したことはあります。
 でもこんなに並んでいるのは初めて。

 ラーメン店「池田屋」、現在の金沢工大の学生にとって、もしかするとチャンカレ以上の存在感なのかもしれない。



6月25日(木) 「あの日」から8年。地元に愛されている肉屋さんが移転、オープンしました

 夕方、金沢へ移動しました。

 「昨日は金沢での授業と会議の話をしていたのに...」と訝(いぶか)る方がいらっしゃるかもしれませんが、これは事実。今週末から3週連続で、週末に仕事が入っているため、平日にお休みを頂戴して、一晩だけ新潟の自宅へ戻ったのです。
 昨日、アパートに戻って身支度を整えて、金沢を離れたのは7時頃。

 さすがに今回は経路の半分くらいを高速道路にしたのですが、自宅に到着したのは真夜中になりました。それからお風呂に入り、ビールを飲みながらメこのページを更新。いつも以上に文面が酔っぱらっているのはそのためです。
 でも、どんなに夜遅くても、起床はいつも通り。

 午前中にいくつかの用を済ませて、お昼はDNAの求めに応じてラーメン店「うれっ子」へ。80歳に手が届こうかという奥様の姿を確認できたので、久しぶりに名物の焼きそば──実物はこの写真よりずっと美しい──をお願いしました。
 これがもう、本当においしい。

 奥様もご高齢なので、このところずっと、別な人が焼きそばを担当しているのです。でも見かけは似ていても、味は全然違う。こちらは、芸術品。
 DNAも久しぶりに大満足。

 本当は少し休息してから金沢へ移動しようかと思っていたのですが、満足感がこのまま出立(しゅったつ)すべしと告げています。
 でも荷物があるので、ひとまず自宅へ。

 柏崎市の旧市街地は道路が狭いので、あちこちが一方通行になっています。その関係で、ぐるっと回って中心部へ出ると、おぉ。
 新しいお店がオープンして、何人もの人がレジの前に並んでいます。

 お店の名前を確かめると「肉のまるせい」。地域の人に愛される、地元テレビでも時々取り上げられる有名店です。
 このお店は閻魔堂を挟んで数軒隣に......実際、旧店舗はそのまま残っていました。

 この辺は8年前の新潟県中越沖地震で大きな被害を受けました。それでも2、3年で地域全体としてはひとまず復興。東日本大震災と比べれば恵まれています。
 しかし地方の駅前商店街や旧市街地中心部がどこもそうであるように、このあたりもすっかり寂れています。

 以前から再開発が話題に上っていたのですが、中越沖地震でそれがいったん中断。被災後8年でようやくここまで漕ぎ着けることができました。お店に出入りするご婦人の大半が、そしてレジを打つ女性も、皆が高齢。
 でも、この地でしっかりと生きています。



6月24日(水) この姿、学生諸君には見えているんだろうか...

 今日は見たままのお話を、しかも手短に。

 お伝えしたように水曜日は1週間の中で一番忙しい。1、3、4限に講義、しかも原則として隔週で2、5限に大きな会議が入ります。要するにお昼を食べる時間すらないのですが、さすがにこれは無理。
 お願いして、4限の講義を他の先生に代わってもらっています。(ゴメンなさい)

 幸いにも今日は、午前中のヘビーな会議が早く終わったので昼食を取る時間ができました。実はこれ、意外とラッキー。夜まで何も食べられない日もあるのです。
 ほっともっとの値上げで、センセイは思考停止状態に陥ったままなので、とにかく大学食堂へ。

 そこで出くわしたのが、写真の場面。

 学園の幼稚園児がお散歩中です。先日配布された学内誌によると、彼ら彼女らは図書館付近でカモの親子とも遭遇したとのこと。
 センセイらからすると実にほほえましい光景。

 でも、もしかするとそれは、オトナの思い込みかもしれない。

 この園児達の姿、学園構成員の最多数を占める学生諸君には、物理的には目に入っていたとしても、「見えて」はいないのかもしれないのです。
 前任校での最後の、そして園児だった娘を同伴した卒業旅行で、男子学生のみならず、女子学生の反応と行動から気づいたことです。 

 もう少し待てば、ここは学生で溢れるはず。そうすれば彼ら彼女らの反応を見ることができます。でもその頃には、児童は園に戻ってしまいます。
 センセイも仕事が迫っているので、今回は昼食を優先しました。

 ところで、金沢工大学園の幼稚園には男性の職員もいらっしゃるようです。初めて知りました。



6月23日(火) 病気を治したら、病気が治ってしまった ──病気と治療の哲学──

 ......意味不明ですね。これだけでは。

 センセイくらいの年齢になると、どこかしら身体に不具合を抱えるようになります。血圧か、血糖値か、コレステロールか......。幸いなことに西村センセイ、それらの項目について大丈夫。
 ビールを飲むので、肝臓の破壊具合を示すγ-GTPの数値が少し高めではありますが、それもたいしたことはありません。

 ただし子供の頃から慢性の副鼻腔炎──昔は蓄膿症と読んでいた──を患っていますし、20年くらい前から弱いアレルギー症状を発症。そこで新潟にいた時から耳鼻咽喉科に通院するようになりました。
 金沢に来てからも、(もちろん別の)お医者さんにお世話になっています。

 新潟および金沢のお医者さんはともに、副鼻腔炎については抗生剤(右側の「クラリス錠」)を処方してくださりました。
 小児用の薬効成分が少なく、弱いタイプです。

 アレルギーについては原因物質が判明しないのですが、症状を軽減するために左の抗ヒスタミン薬(「クラリチン」)を服用。
 ここ何年間かはこの状態がずっと続き、症状は安定しています。

 ところがお伝えしたように、先月の入院で強い抗生剤を集中的に投与されました。そのおかげで病気は完治。
 でも、予想外のオマケがあったのです。

 どうやら副鼻腔炎を引き起こしていた最近はほぼ完全に死滅してしまったらしい。炎症症状がほぼまったく出ないのです。
 治療に当たった内科のお医者さんはしばらく考えた末、「もう抗生剤は(服用しなくても)いいんじゃないかなぁ」。

 というわけで先日、耳鼻咽喉科の先生に改めて事情を説明しました。するとドクター、少し考えてから「じゃぁ、(アレルギー薬の)クラリチンだけにしましょうか」。
 というわけで抗生剤の治療を一時中止し、様子を見ることになりました。

 抗生剤の継続投与については内科医と耳鼻咽喉科医で見解が少し異なるようです。病気に対する考え方の違いもあるんだろうと思います。内科はドラスティックに考える傾向が。
 それに対して耳鼻咽喉科は「病気も身体の一部なんだから、無理せず病気とつき合う」、というのがセンセイの印象。

 ただし抗生物質は耐性菌の問題もあるので、必要がなければ使用しない方が良いのです。



6月22日(月) な、何と、ソニーはもはや高級ブルーレイレコーダーを製造していなかった!!

 センセイが自宅および金沢のアパートで2台ずつ使用しているブルーレイレコーダーについて、少し気になってきたことがあるので、ちょっと調べてみました。
 ご安心ください、不具合が発生しているわけではないのです。

 でも最初に自宅書斎用に買ったソニー製BDZ-V9は2006年末の発売。名機だったので、同年11月にはアパートにも同じモデルを導入しているのですが、これら2台は製造完了から8年が経過しようとしています。
 つまり万一故障したら必要な部品を確保できず、修理できないかもしれない。

 データの移行さえ問題なければ、必要に応じて新しいマシンを購入しても良いのです。

 でもセンセイの場合、ハンディカメラや据え置き型デッキ(民生用および業務用)、あるいはMacとHDV/DVフォーマットで接続することがあります。ソニーの場合、それが可能なのは上位機種のみ。
 ところが調べてみると、何とソニーは現在、そのようなモデルを製造していないことが判明しました。

 パナソニックが必要な端子を持った機種──ただし繋がるかどうかは不明──を含めて、多くのラインナップを誇っているのに対して、ソニーは僅か3機種。しかもそのいずれもが安価な機種。
 ソニーの凋落を象徴するような出来事です。

 接続できることが確実なBDZ-EX3000は2年半前に発表されたもので、すでに製造完了。流通在庫しかありません。
 困った。(なお現時点で当該機種を購入するつもりはありません)

 でも調べてみると、JVC(旧ビクター)と業務用のモデルが発売されていました。写真は昨年発売が開始されたJVCのSR-HD1700
 HDV接続が可能です(DVは不可)。
((c)JVCKENWOOD)

 これを、例えば最初の業務用有機ELモニタを購入したお店では136,400 円(+税)で販売していました。
 これなら手が届きます。

 パナソニックからも発売されているのですが、JVCのものと発想と用途が異なり、HDVは接続できません。
 しばらくは2010年に購入したソニーのブルーレイがあるから問題ないのです。

 でも、もしXデーが来たら、チューナーがついた民生用の安いデッキと、チューナーを持たないものの、HDVが入力可能な業務用モデルを組み合わせて使おうと考えています。



6月21日(日) 金沢工大近くに、金沢では有名なラーメン店の分店(?)がオープンしました

 3月のダイヤ改正までのセンセイは、日曜の2時半になると家を出て柏崎駅へ向かい、快速と各駅停車を乗り継いで移動し、金沢のアパートには8時頃に到着するという生活。もちろん最初は大変でした。
 でもこれが13年も続くと、すっかり身体の一部になってしまいます。

 ところが北陸新幹線の開業と平行在来線の第三セクター移行で、この生活パターンはすっかり崩れてしまいました。遠方への出張を除くと、JR線をまったく利用していない。
 あのセンセイが、ですよ。

 降雪のある冬場はどうなるかわかりませんが、現在の移動はほとんど自動車。センセイはたぶん無呼吸症候群なので、日中に単調な行動を続けていると、突然眠ってしまう可能性があります。
 事故そのものが恐いし、よそ様に迷惑をかけるわけにもいきません。

 そこで富山市付近の交通量が多い区間だけ高速道路を利用し、残りの約90%区間は一般道を走行します。いわゆる下道(したみち)なら居眠りする暇がありませんからね。
 加えて、可能な限り日中に移動することにしています。

 というわけで日曜の朝に自宅を出発し、午後金沢到着というパターンが定着しつつあります。今回も、昨日のうちに実家や伯母の見舞いを済ませることができたので、今日は完全な移動日。
 9時に家を出て、アパートの近くの交差点で午後2時を迎えました。

 長い赤信号でしばらく停止したのですが、交差点脇に気になるお店があるので、しばらく車内からその様子を見てみました。
 写真の「金沢 麺屋 達」というお店です。

 いつも行くスーパーのすぐ近く、アイスクリーム店と同じ敷地の中にあるこの店舗、写真店だったのが(今回とは別の)ラーメン店になり、それも消えてしまうなど落ち着かない場所。
 調べてみると、金沢駅の近くに「達」という有名なお店があるらしい。

 お店の暖簾には「金沢達系」と、開店を祝う花環には「金沢 麺屋 達 武我」と記されています。最後は何と読むのでしょう。
 いずれにせよ、分店ということなんじゃないでしょうか。

 まだ入ったことはないのですが、日曜とはいえ2時になっても混雑していましたから、今回は様子が違うように思われます。
 新しいもの好きのセンセイですから、一度は入ってみるかも。

 続くかどうかは別として。

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