2016年10月22日更新(2016年10月31日ページ移動。2018年11月24日一部写真削除)

──2016年10月第4週のニュース──

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10月22日(土) ご主人が交通事故で亡くなられた理容院を訪問させていただきました

 今週は久しぶりに昨晩、つまり金曜日のうちに新潟の自宅へ戻りました。

 日曜日の朝には金沢へ向けて出発するのですが、せっかくの機会なので今日は、ふだんできないことを。その一つが先日ご紹介した理容院訪問。
 散髪ではなく、1年前に交通事故死したご主人にお参りさせていただくためです。

 途中で別な用を済ませてから10時過ぎにお店の前へ。家の前にお父様の姿が見えました。営業日ではないので駐車場は空いており、バックで車を入れます。
 ご挨拶して、お宅へ入れていただきます。

 当たり前ですが葬儀直後とは異なり、室内は日常生活のそれに戻っています。位牌の脇に置いてあったヘルメットが、今日は見当たりませんでした。
 お母様によると、先日初めて事故現場を訪れ、命日に一周忌を行ったとのこと。

 長居をするわけにもいかないので、お二人に暇乞(いとまご)いをして、お宅を後にします。駐車場に出てきたところでお母様が、「車を買い替えられたんですね」。ご主人は自動車が大好きだったのです。
 生きていれば、そんな話もできたのに。

 久しく訪れていない新潟市中心部を抜けて、さらに東へ。

 今日は前任校で学園祭が開かれているのです。会場に到着するとステージ上では、吹奏楽部(?)が揃いのスーツ姿で演奏中。
 これが、今まで聴いたことがなかった演奏内容。すばらしい。

 ステージ後ろに回った時にたまたま、部員が壇上から降りてきました。一人の女子学生がセンセイを認めると、ニコニコと「あの時は...」。
 夏の集中講義で教えた学生です。利発で伸び代
(しろ)を持った逸材です。

 あちこちにご挨拶。山田学長のお姿を見つけたので、ご挨拶します。1991年の開学当初から着任したセンセイを含めた数少ない教員。
 しかも現在はごく僅かしか残っていません。もはや「生き残って」という方がより正確かも。

 開学間もなく入学してきた学生の姿も。直接話す機会はありませんでしたが、彼ら彼女らは40歳台前半。
 老眼や四十肩など「老い」を自覚し始める年頃です。

 そしてセンセイはというと、若いつもりがいつの間にかそもそも、いつまで存在できるかが問題に。

 memento mori.



10月21日(金) 地域の老人を含めて、お客がそれなりに入っていた最寄りのコンビニが...

 ......潰れてしまった、かもしれない。

 高血圧を自覚した西村センセイ、それ以降は食生活を厳しく見直しています。ポイントは塩分(Na)摂取量をいかに削減するか。例えば製造時に塩を使う麺類は食べる回数を減らしています。
 スープは麺本体以上の塩分を含むので、ほぼ全部を残します。

 塩を多く含む──知らなかった──パンに至っては、半年くらい食べていないんじゃないかしら。それまではほぼ毎朝、サンドイッチを頂いていたのに。

 サンドイッチは通常、大学前のパン屋さんで購入。しかしブロスは7時半開店なので、朝イチから講義がある時などは出勤途中にあるローソンで買っていました。
 従って、パンを食べなくなってから、こちらも足が遠のき気味。

 そもそも西村センセイ、旅先を除けばほとんどコンビニに入ることはありません。サンドイッチを買わなくなった現在、金沢で利用するのは月に1回あるかないか。

 数日前、雨が降りそうだった日の朝に車で出勤する途中、そのローソンの照明が消えていることに気づきました。商品陳列棚も撤去されています。
 ......閉店してしまったのかしら。

 一昨日の早朝、自転車で出勤する際に現場を再訪し、様子を確かめてみました。店舗の脇には、産業廃棄物を入れる箱が。
 恐る恐る入口に近づいてみると、完全な閉店ではなく、約1週間後に営業を再開するとのこと。

 やれやれと安堵したのも束の間、今朝この場所を通りかかると、何と、ローソンの看板が撤去されていました。
 う〜ん、コンビニを続けるとしても、ローソンから離れるのかしら。

 大きな道路沿いにあるこのお店、センセイが金沢工大に移籍した直後に開店しました。センセイとしてはそれ以来、十数年のお付き合い。
 もちろん、先方がそんなこと覚えているはずもありませんが。

 この間、オーナーが何回か替わったようです。でもお客さんはそれなりに、しかも安定して入っていたので、今回の改装工事には腑に落ちないものがあります。
 センセイが写真を撮影していると、老婆がつかつかと入口に近づいてきて、例の告知を読むと少し安心した様子で、背筋を伸ばしながら去っていきました。

 都市部でのコンビニ利用客はガテン系、学生生徒、営業マン、そして高齢者。老人にとってコンビニは、日々の生活を支えてくれる万屋(よろずや)なのです。
 若い人には理解しづらいと思いますが。



10月20日(木) やっぱり、銀シャリ!! ──棚田で丁寧に育てられたコシヒカリの新米を頂きました──

 今日は見たままのお話。

 センセイが秋田─大阪ツアーから戻ったのは土曜日の深夜。疲れが溜まっていた──というより飲み過ぎ? ──ので、翌日曜日はゆっくり起床しました。
 仕事が溜まっているので大学へ「出勤」したのですが、その前に一仕事。

 お米を研いだのです。「コシヒカリ」の新米です。前の週に、新潟から車で移動する際に運びました。1ヶ月半くらい前から新米が出回っています。
 でもそれは「越いぶき」や「越路早稲」などの早稲品種。

 新米は美味しいのですが、味と甘さに奥深さが足りない。コシというか粘りもやや淡泊。
 その点、やはりコシヒカリは違います。

 しかも今回購入したのはセンセイ宅の近く、柏崎市高柳町(旧刈羽(かりわ)郡高柳町)で収穫された「じょんのび米」。
 高柳(高柳町観光協会)は市の最南部にあり、やはりコシヒカリで有名な魚沼地区と接しています。

 高低差のある棚田で育てられたこの「じょんのび米」、かつて実家で母親が作っていたものに一番近い。
 ただしさすがに天日乾燥ではありませんが。

 夜、アパートに戻って炊飯器のスイッチを入れます。サイトを更新してシャワーを浴び終わるころには炊きあがっています。
 蓋を開けたその瞬間に撮影したのが写真。

 まさに「銀シャリ」。お米の粒が立っています。見るからにおいしそう。釜の内周には水滴が付着していますが、それ自身も釜も高温なのですぐに消えてしまいます。
 一瞬しか見ることができない光景です。

 料理をしながら少し蒸らします。準備ができたところで頂いたのですが、もう、ホントに美味しい。お米だけで何杯でも...という気持ちになります。
 倖せだなぁ。



10月19日(水) 帯の色は変わっていたけど... ──西村センセイ、大阪駅で「特急 しらさぎ」に再会する──

 「駅に特急が止まっているのは普通じゃないの」か、「そんなはず、ない」か。

 秋田─大阪ツアーの話題も最終回。土曜日の講演会を終えたセンセイは、特急「サンダーバード」に乗車すべく大阪駅へ。個人的にはこの駅は、今までとても不便でした。
 皆さんが想像するのとは別な理由からです。

 実は今まで、大阪駅構内ではサッポロビールを販売していなかったのです(新幹線側を除く)。そもそも大阪でサッポロを入手するのは難しく、駅周辺のコンビニやデパ地下にも並べられていません。
 でも数年前に激変。駅舎中にできたセブンイレブンが取り扱うようになったのです。

 サッポロビールと夕食のお弁当を買って長距離列車用の11番線へ。そこに列車が進入してきました。
 福知山発新大阪行きの特急「こうのとり」です......あれっ?!

 北近畿と関西を結ぶ特急が老朽化し、置換が進んでいることは知っていたのです。入線してきたのも新型列車。でもそれが、妙に懐かしい。
 特に座席の形状と色はつい先日まで利用していた683系特急「しらさぎ」そっくり......あ"っ。

 西村センセイここでやっと悟りました。「そっくり」ではなく、「そのもの」なのです。その証拠が写真。
 中央の楕円の部分は、かつての「しらさぎ」のエンブレムの跡です。

 昨春の北陸新幹線開業で、それまで北陸と首都圏を越後湯沢経由で結んでいた特急「はくたか」は完全廃止。
 その名前だけは北陸新幹線の各駅停車タイプに引き継がれましたが。

 高価な特急車両は、北陸と名古屋を繋ぐ特急「しらさぎ」に転用されました。それまでの「しらさぎ」用車両(683系2000番台)はというと、玉突きで、北近畿および紀勢本線に転属。
 というわけで目の前で止まっている特急「こうのとり」(289系に改番)は、かつての特急「しらさぎ」そのものなのです。

 「しらさぎ」は米原経由(一部米原止まり)なので、大阪には来ません。だから大阪で再開するなんて、考えてもいなかったのです。



10月18日(火) この地はかつて、「松島」だった ──秋田県にかほ市象潟──

 秋田の話題をもう一つだけ。

 新潟県を基準に考えると、秋田県は隣の隣の県。位置づけとしては石川県と同じ。ただし少なくともセンセイの場合、なかなか訪れることができません。
 実際に移動してみるとわかりますが、日本列島は南北にとても長いのです。

 それでも日中の列車で10回以上訪れている──夜行列車でも10回以上通過していますが、こちらは眠っていて記憶がないので、カウント外──はず。
 新潟県の村上から庄内平野、そして秋田までは、海岸線と鳥海山の美しさを堪能できます。

 秋田県に入ると程なく、特急「いなほ」は象潟(きさかた)駅に停車します。その先で撮影したのが、写真。
 田圃の中にところどころ、塚のようなものが。

 実はこの場所、かつては浅い海の底だったのです。そして盛り上がった場所は海上に浮かんでいた小島「九十九島(・八十八潟)」そのもの。
 ここに、宮城県の松島のような光景が広がっていたのです。

 鳥海山をぐるりと半周するとわかりますが、南から見上げるその姿は美しいものの、北西からだと山体の一部が崩壊しているのがわかります。
 Google Earthなどを使うと、その様子が3Dで手に取るようにわかります。

 鳥海山がB.C.466年に噴火した際、北西側で大規模な山体崩壊が発生。その土砂が日本海に流れ込んで、この地に浅い海と小島が形成されたのです。
 有名な『奥の細道』(1689年)の中で、松尾芭蕉は松島と比較しながらその様子を歌にしています。

 ところが1804年の「象潟地震」で土地が数m隆起して、海底が陸地化。現在の高度はたぶん海抜10m位だと思います。その上に、かつての小島が残っています。
 知れば知るほど、人間の力の限界を思い知らされます。



10月17日(月) 秋田駅ビル内のうどん店で、「横手やきそば」を頂きました

 もう一晩だけ、秋田ならではの食べ物の話題を。

 新潟から白新線・羽越本線経由で北へ向かう特急「いなほ」は、1日7往復運転されています。でも、秋田まで行くのはその中の3往復だけ。他は途中の酒田止まりです。
 しかも午前中の秋田行きは1本のみ。

 選択の余地なく、今回は「いなほ1号」に乗車したのですがこの列車、秋田には12時過ぎに到着します。秋田看護大学での講演会は夕方なので、昼食を取ることに。
 駅ビルの中には入ってみたいと思うお店がなかったので、駅の周囲をぐるりと1周します。でも、ない......。

 以前も感じたことですが、駅の周囲にはあまり飲食店がないのです。正確に言うと、慣れてくると美味しそうなお店がある──食事会後に案内していただいた──のですが、一見(いちげん)の客には無理。
 トボトボと駅ビルに戻り、改めてお店を探します。

 うどん店の脇を通り過ぎようとして「横手やきそば」と染め抜かれた黄色い幟(のぼり)が目に入りました。「横手」は秋田市から数十km内陸部にある横手市のこと。
 何度か通り、また北上線への乗り換えの際、駅前に立ったことがあります。

 横手はこの「横手やきそば」で有名なので、以前から食べてみたいと思っていたのです。でも県南東部の湯沢や横手にはなかなか行く機会がありません。
 そこでこのお店で「横手やきそば」を頂くことにしました。

 お昼のピークを過ぎていたのですが、店内はまだかなり混雑。幸いにも空席があったので、案内していただきました。
 センセイに続いて別な方もオーダーしていましたから、この「横手やきそば」、結構人気があるらしい。

 程なく届いたのが写真のもの。「横手やきそば」には目玉焼きがついていることだけは知っていたのですが、それ以外はびっくりすることばかり。
 まず麺を一口頂きます。

 「焼きそば」のイメージ──それ自体、かなり曖昧ですが──に相違して、全然辛くない。また薄味で、水分はかなり多い。「焼き」という感じではありません。
 麺をよく見てみると、縮れ麺ではなく、柔らかいストレート麺。

 具はキャベツと挽肉だけでした。挽肉を使った焼きそばは初めてです。目玉焼きの黄身を崩し、麺に絡めて食べるのが正当な食べ方のようです。
 でも今回は、麺の味を正確に知りたかったので、別々に頂きました。

 正直に言うと、最初はややインパクト不足という印象を持ちました。でも食べ進むと、素材の味を生かそうとしていることに気づきます。逆に言うと、いわゆる「焼きそば」は調味料を食べているようなものかも。
 美味しく頂くとともに、(不満はないのですが)機会があれば今度は横手で......という気持ちになります。

 食べ終えた時、写真右上、小さな皿の中の物体に気づきました。それほど「横手やきそば」本体に心を奪われていたわけです(店内がかなり暗かった影響もある)。紅生姜だと思ったら、福神漬けでした。
 これも「横手やきそば」の特徴だそうです。

 「横手やきそば暖簾会」(横手市観光協会)の公式サイトによると「横手やきそば」を名乗るためには条件があるようです。繰り返しになりますが、センセイが頂いたのは秋田駅ビルの中のお店。
 だから「横手やきそば」を名乗って良いのかどうかはわかりません。

 ......やはり横手へ行くしかない。



10月16日(日) 秋田名物「きりたんぽ」は... ──看護大学の皆様に暖かく迎えていただきました──

 一昨日の日本赤十字秋田看護大学訪問は、いろいろな意味で思い出深いものになりました。

 もちろん最初に挙げなければならないのは講演内容。センセイが従事かつ研究している内容に近いため、今回の講師のお話を何度か拝聴しています。
 残念ながら現在の金沢工大に不足している部分。

 後発組にはどうしても追いつけない部分があるので、この機会に参加させていただきました。で、申込をすると、主催者から意外な連絡が。続く食事会へのお誘いを頂いたのです。
 ありがたいお話なのでご一緒させていただくことにしました。

 講演会終了後、タクシーで秋田駅前に移動。会場は秋田料理のお店です。乾杯に続いて出てきたのが、有名なきりたんぽ鍋。
 秋田には何度か泊まっていますが、頂戴するのは初めて。

 醤油ベースのだし汁に、ゴボウ、舞茸、糸コンニャク、鶏肉、そして芹を入れて煮ます。まずそれらを頂いていると、焼き目の入った「きりたんぽ」が届きます。
 それを入れて一煮立ちさせると「きりたんぽ鍋」の完成。

 初めて知ったのですが、「きりたんぽ」は練り製品ではなく、粳(うるち)米でできているんですね。不勉強でした。
 粳米なのでそのまま鍋の中に置くと崩れてしまいます。すぐに食べなくてはいけないんですね。

 と、そこに、鉈(なた)を手にした男鹿のなまはげ(秋田県の公式サイト)が乱入。「悪いご(子)はいねがぁ...」と言ってもオトナばかり。
 そこで就職したばかりの男性職員が標的(?)に。

 意外だったのですが、なまはげは怒るのではなく、「定時にちゃんと出勤しろ」とか「上司の指示に従え」とか、割と理詰めで説諭するんですね。楽しい食事の時間は、あっという間に終了。
 お店の前で、なまはげが皆を見送ってくださりました。

 というわけで、講師の方と仕事の話はほとんどできなかったのですが、たぶん近いうちにまたお目にかかるので、今回はそれで良しとしましょう。 

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