2009年1月10日更新(2009年1月18日ページ移動。2012年12月23日一部写真削除)
■1月10日(土) この大荒れの天気の中、米山駅の本格的復旧工事が続けられています
新潟の自宅へ戻りました。
当地を含めて、日本海側は大荒れの天気となっており、北海道や東北、山陰地方ではかなり雪が降っているようです。ただし新潟は、風が強くとても寒いものの、平野部では雪は積もっていません。
さて、新潟へ戻る途中、波で護岸が壊れて土砂が流出した米山駅の現場を通りました。
日曜日にここを通過した際は、やはり各駅停車でも山側を走る上り線だったので、土砂流出の範囲は良くわかったのですが、護岸の部分はよく見えなかったのです。今回走る海側の下り線は、砂利の変色(写真)でもわかるように、線路が流される寸前でした。
どうなるんだろうと海側を見ていると、米山駅のかなり手前から徐行開始(上り線は徐行しません)。
そしてホームのすぐ手前──写真右端がホームの始まり──に土砂流出の現場があります。
写真ではよくわかりませんが、土嚢で囲まれている部分だけではなく、そのさらに外側の、写っている部分の80%くらいまでもが流出しています。写真には入っていませんが、たくさんの工事の方がこの悪天候の中で作業していらっしゃいました。
写真を撮影した時はとても穏やかだったのですが、それでも大変な仕事であることには違いありません。
あちこち(例えば写真右端)に投光器があるところを見ると、夜中も工事をしているのかもしれません。少なくとも徹夜で状況を監視していることは確かです。この米山駅、実は昨年の夏にかなり時間をかけて護岸の補強工事をしていました。ただし工事が行われたのは駅の北側(写真の右側)で、写真の場所では何もしていません。
なぜこの場所を補強しなかったのか、あるいは今回の護岸崩壊にその工事の影響があるのかないのか、その辺はよくわかりません。でもいずれにせよ、鉄道をきちんと運行することがいかに大変なのかを、つまり「あって当たり前」の日常生活を、誰がどのように支えているのか、今回の護岸流出事故が示しているように思われます。
■1月9日(金) 西村センセイ、最新の小型VAIOを見て、久しぶりにブツヨクを覚える
結果的に3日続けてパソコン関係のお話になってしまいます。悪しからず。
多くの方がご存じだと思いますが、ソニーは昨8日、新規開発のミニノートパソコン──ソニーは「ポケットスタイルPC」と呼んでいます──“VAIO Type P”を発表しました。(写真はソニーのサイトより。(c)ソニー)
すでに検証記事(例えばこちら)や分解記事(!!)まで紹介されています。実物はまだ見ていませんがこのマシンは明らかに、いわゆる「5万円ノートパソコン」とは一線を画す製品に仕上がっています。
A4の紙を三つ折りして入れる封筒(長形3号)の細長い小型サイズ。
CPU(MPU)こそ同系列であるものの、画面は1,600(!!)×768ピクセル──ブラウザの画面を二つ並べられる!! ──の大画面。メモリは2Gで、ディスクは60G〜128GのHDDかSSD。
このモデルはファンレスなので、SSDにすればまったく無音──PowerBook 2400cをRAMディスクから起動して使っていた時以来──で作業できます。もちろん価格は5万円とはいかず、ざっと8〜12万円くらいらしい。
接続機器や、センセイはマウス派なのでワイヤレスマウスをつけるともうちょっと値が張りますが。最近のソニー製品は、ブルーレイにせよパソコンにせよ、ソニーらしさを感じられない製品ばかりだったのですが、今回のこのマシンは、久々に色気がムンムン。
名機PowerBook 2400cからPanasonic CF-R2(講義用に現役)と、小型ノート機が大好きな西村センセイ、う〜ん、欲しい!!
そして皆さんもお気づきのように、センセイ自身、MacBook(15"および17")あるいはMacBook Air登場の時と反応が全然違うことに戸惑っているのです。
■1月8日(木) カラー・レーザー・プリンタの不調は、安物のバネ2個が主原因だった?!
今日は午前中に重要な会議があって、どうしてもカラーのファイルを出力する必要があります。
でもセンセイが大学で使っているカラー・レーザー・プリンタ(上の写真奥)は絶不調で、すぐに紙詰まりを起こしてしまい、まったく仕事になりません。最初に内蔵トレイ(写真手前)から給紙できなくなったので、最近は上のMPトレイを使って手差しで給紙していました。
このごろ正常にプリントできる「打率」が下がってきていたのですが、今日は何回やってもうまく行かず、1枚印刷するのに10枚くらいが無駄になる始末。
さすがに──好きな表現ではありませんが──「プッツン」してしまいそうになります。これまでは大学の共用ネットワーク・プリンタを使えたのですが、最近設置場所が変わったら接続できなくなっています。
会議の開始時刻は迫っています。どうにかしてこのプリンタで出力するしかありません。ふと気づいてネット上で調べてみると、参考になる記述が見つかりました。
そこでまず、給紙トレイを引き出して(上の写真)、紙を取り除きます(下の写真)。
紙の量が変化しても安定して給紙するために、「エ」の字形のような金属製の給紙台が、2個のバネ(黄色円内)で下から押されています。
このバネは簡単に外すことができるので取り出してみると......簡単に延びてしまいます!!。
両端から押して縮めると、今度はそのまま縮んだまま。要するに弾性が弱くて、バネになっていないのです。
バネを引き延ばして元の位置に収め、紙をセットして印刷すると、おぉ、何事もなかったかのように無事に印刷終了!!
もちろん実際は静電気とか再生紙から出る汚れとかいろいろな原因が複合しているのでしょうが、どうも不具合の主原因は、この安物のバネ2個だったようです。(上のMPトレイから給紙しなくなった理由はよくわかりません。)
この夏、自宅用に、同社製カラー・レーザー・プリンタ(大学のものの後継機種)を購入する際、この紙詰まりに懲りていろいろ調べてみたことがあります。
するとやはり、たくさんの人が大学で使っている機種の紙詰まりで困っていました。でも自宅用のものはずいぶん改善されているというので購入を決めました。実際、全然紙詰まりしません。
センセイはこれまでに、エプソン製レーザー・プリンタを公物・私物あわせて8台使ってきました──同社製にこだわるのはMac OS 9でも使えるから──が、他機はほとんどまったく問題ありません。
簡単に見えてもこういう部品って、プリンタの基本要素じゃないかと思うのですが......。
■1月7日(水) やっぱり、センセイだけじゃなかった。 ──新型MacBook Pro 17"発表!!
──
アップルは本日、新型MacBook Pro 17インチモデルを発表しました。これで先日発売されたMacBookおよびMacBook Pro 15インチモデルとあわせて、新ノート型シリーズが完成したことになります。(写真はアップルのサイトより。(c)Apple Inc.)
新シリーズ共通のアルミ削り出しのボディ、大型機ならではのフルハイビジョン(1920×1200ピクセル)、寿命を3倍に延ばしたという内蔵バッテリー──ただし交換は難しい──など、目を引く仕様や機能が満載。
でも、少なくとも個人的には、「欲しいっ!!」というあの感じがしません。
デスクトップの代わりに、というのならいつか買うことがあるかもしれませんが、自分から積極的に購入することはないんじゃないかと思います。その理由は以前もご紹介したFireWireの廃止(MacBook)ないしは軽視(MacBook Pro)。
MacBook ProにはFireWireがあるのですが、装備されているのは、高速ではあるものの、対応機器が少ない“FireWire 800”というタイプだけで、広く使われている“400”タイプの端子はついていません。
¥2,000くらいのアダプターを使えば“400”の速度で使うことはできるのですが、かなり不便。そう感じていたのはセンセイだけじゃなかったようです。
『Mac Fan』誌に、編集部員がマシンやソフトを長期間テストする「日々是検証」というコーナーがあります。
その最新号に「アップルは何もマーケティングしていない」という内容が載っていて、新ノート機シリーズ、特に新MacBookがFireWireを廃止したことを強く批判しています。Macのような商品とそれに関連した書籍類は持ちつ持たれつの関係にあります。
新商品が出ると、デメリットには目を瞑って長所だけを書き並べ、旧機種の問題点をそれとなく仄(ほの)めかして新機種の購入を促す......。
批判しているのではありません。世の中、そういう風にできている、と言っているだけです。ですから、このような批判は異例中の異例。
編集者は音楽業界の歴史と現状を踏まえて批判しています。
音楽業界では現在、パソコンは不可欠のツールであり、Mac+FireWire 400が標準の規格となっています。
スタジオなんかでは大きくてもかまわないのですが、外出する時とかライブでは安価で丈夫な旧MacBook(ないしはPowerBook)+FireWire 400という組み合わせ。
対応する機器が多いだけでなく、バスパワー出力の大きさやCPU負荷など、USBと比べてFireWireは、見かけの数値では計れないメリットを有しているのです。ところがそのMacBookからFireWire 400が外された、というのですから、一体何を考えているんだアップルは──というか、何も考えていないのね、アップルは──ということになってしまいます。
印刷業界(DTP)と深く結びついた旧Mac OSを、連続性を十分顧慮しないまま、あっさりと切り捨ててしまったように。そしておそらく、事実もその通りでしょう。アップルは再び、コアなメンバーを敵方に貢ごうとしているわけです。
もちろん、多種多様なユーザーを対象とした商品ですから、一部の方から不満や苦情が出るのは当たり前です。万人を納得させる商品なんて存在しないでしょう。
でもMacの場合、先鋭的な意識を持った音楽関係者や印刷業界関係者が、黎明期からMacを引っ張り、そして今日を築いたのですが。現在のアップル・マーケティング担当者や経営陣が、それをわかってないのだとしたら、もしかすると、アップルの病状は見かけ以上に深刻だと考えた方が良いのかもしれません。
■1月6日(火) 西村センセイ、学校って「楽しい」場所なんだ、と再確認する
金沢工大では昨日、「新年互例会」という新年を祝う式典が行われ、講義も今日から再開されました。
例によって金沢工大のことですから、暖機運転を終えていない車のアクセルをいきなり全開、というような感じ。個人的にはこの年末年始、ご存じのようにいろいろあって、心身ともに本調子じゃないのに。
仕事はどんどん溜まっていくばかり。さすがにこれ以上関係者に迷惑をかけられないので、互例会を終えて職員が帰宅した昨日の午後もまじめに仕事をします。
ふと気づくと、人影の少ないラウンジから、明るく、楽しそうな聞こえてくることに気づきました。
まだ大学は始まっていないのに......。様子を見てみると二つくらいの男子学生のグループが、楽しそうに何か作業をしています。
「楽しそう」というのは、冬休みを挟んで久しぶりに再開したからというのが一つの理由なんでしょう。でも思い出してみると、前にトイレへ行った時も、つまりかなり前からずっと同じ調子だった!!
低学年のようですが、数時間もの間、ここで集中して宿題か何かを共同で片づけているんですね。
個人の宿題というより、グループの課題を翌日の講義の再開日に備えて、議論ながら作業しているようです。
いろいろ問題はあるけれど、でも確かに、こういう学生が多いことが金沢工大の教育の特徴だと思います。
掛け値なしで評価すべき点でしょう。そしてもう一つ。
彼らの姿を見ていると、こちら(=先生)から、ああだこうだと指図するのは本当に賢明な行為なのだろうか、まして政治や経済などオトナの都合を彼らに押しつけている現状はどうなのだろうと考えざるを得ないのです。
「放っておけばうまく行くはず」などと言うつもりはないのですが、子供達にお説教する前に、鏡に──しかもその表面の汚れを拭き取って──映った自分(達)の姿をもう一度見すえる必要があるように思えます。
もちろん自戒の念を込めて、です。
■1月5日(月) JR信越線米山駅の護岸は、波の力でひどく破壊されていました
今日は見たままのお話。
ここ2ヶ月ほど出張が続いていたので、新潟の自宅−金沢間を変則的に移動していたのですが、昨日はやっと平常に戻りました。つまりいつも通りに午後に自宅を出て、各駅停車を乗り継いでの移動です。
米山駅の護岸崩壊──地元ローカル紙に詳しく報道されています──が心配だったのですが、センセイの乗る列車は何事もなかったかのように柏崎駅を定刻に出発。
しかも米山駅を反対方向から通過してくる対向電車も、概ね定刻に運行しているようです。信越本線は柏崎駅を西に向けて出発すると隣の鯨波駅からしばらく海岸沿いを走ります。その次が中越沖地震で付近の崖が崩れて大漁の土砂が流入した青海川(おうみがわ)駅。次は漁港に面した笠島駅。
そしてその次が米山駅です。護岸が崩壊したのは駅の西側。
写真の右に階段が見えますが、これがホームの西の端で、2002年まで使われたJRグループ「ジパング倶楽部」のポスターは、まさにここで撮影されていました。
波による被害は凄まじいもので、ご覧のように、地上部からでも人の高さ以上の護岸が崩壊しています。
手前に線路が2本──正確には3本──見えますが、手前が信越本線の下り線で、奥は側線と呼ばれる通常は使っていない線路です。側線の下をご覧いただくと、新しい砂利が敷かれています。下り本線のすぐそばまで海に流出したんですね。
テレビニュースでは側線が空中に浮いている様子が報じられていました。波の力は侮りがたく、時として大きな被害を出します。まず護岸が崩され、その手前が大きくえぐられたというわけです。
やや不謹慎な表現かもしれませんが、この様子は何だか虫歯に似ているような気がします。いろんな外敵から歯を守っている外側のエナメル質に小さな穴が開くと、たちまちその内側がやられてしまう......。
幸いにも応急工事は一段落したらしく、現場では本格的な復旧に向けての準備が行われているようでした。
写真では良くわかりませんが、この日も日本海は大荒れ。そんな中で工事をしている関係者の皆様に、本当に頭が下がります。
信越線は次の柿崎駅から少し内陸部を走ります。
直江津駅の一つ手前、黒井駅の南側ではやはり、頸城鉄道自動車 頸城鉄道線の新黒井駅跡が埋め立てられて更地になっていました。
写真右手の電柱の奥のあたり、でも埋め立てられていない場所に「頸城鉄道線 新黒井駅」という碑があったのですが、完全に撤去されています。撮影テクニックがないので写真では良くわかりませんが、どうもここに構造物が建設されるような感じです(外れているかもしれません)。
頸城鉄道自動車が設立されたのは大正時代ですから、もう「明治は...」ではなく「大正は遠くなりにけり」ということのようです。
■1月4日(日) 実家を整理していて出てきたのは、26年前と44年前の記録!?
実家での大掃除の続きを少し。
洋室を整理していると、次々と訳のわからないものが出てきます。
実は、一番多いのは父親のもので、古いレコードや再生不能のテープ──再生機器がもう存在しない──などはまだわかるのですが、正体不明の、そしてどう考えても捨てるしかない書類なんかが続々と出てきます。う〜ん、血は争えない......。(しかもセンセイの母親も、整理が苦手。)
書棚の一角にセンセイの書類のコーナーがあって、古いオーディオのカタログだとか、センセイがアルバイトで録音したコンサートのプログラムなどが出てきました。
こちらはちょうど音源を整理中なので、捨てずに持ち帰ります。その中からひらりと滑り落ちたのが右の「記録証」。
1983(昭和58)年、つまり26年前に、上越新幹線の開業を記念して開かれた第1回新潟マラソン大会に、センセイが参加した時のものです。センセイは当時、大学7年生。
体重の増加がちょっと気になっていた──今はもう全然気にしない──のと、なぜか友人の間でジョギングが流行っていたので、センセイも毎日ではないもものの、早朝、大学近くから往復で20kmくらいを走っていたのです。
ほとんど同じコースでハーフマラソンが実施されるというので思い切って参加してみたのです。「いつも走っている場所だから」と考えていたら、これが甘かった。
10月とはいえ、朝晩と違って昼間はそれなりに日差しがあり、ずいぶん暖かいので、勝手が違います。やっとのことでゴールインしました。スポンサーの一つが三国コカコーラで、ゴール後にもらった「アクエリアス」──当時新発売だった──の美味しかったこと。
スポーツ飲料がこんなに美味しいと感じたのは、あの時が最初で最後です。1時間40分という記録はたぶんそんなに良くないのでしょうが、それでも全体の参加者の1/3くらいの成績でした。
なお、センセイが参加したのはこの第1回だけでしたが、新潟マラソンは場所を変えて現在も継続開催されています。いろいろ考えながら片っ端から捨てていると、ギャー!!
記録証とは別の場所から今度は、センセイが小学1年生の時の通知表が出てきました。
「昭和39年度」とありますから、こちらはさらに遡って、年度でいうと44年前(!!)ということになります。
「西山村立」の「町」の字に斜線が引かれていて「町(立)」と訂正されています。明らかに誤り──いくつかの村が合併して「西山町」になった──なのですが、なぜでしょう。のんびりした田舎の小さな学校(現在は廃校)で、同級生はセンセイを含めて25人しかいませんでしたから、当時のことは割と良く覚えています。
肝心の成績はというと、5段階の評価は、まぁ、それなり。「進歩の状況についての所見」では「全教科に優れて」いるものの「やや不器用な点も、工作[=図工]や体育技能に見受けられ」とあります。
センセイの娘を見ていても感じるのですが、たぶん割と奥手だったんでしょうね。体育はともかく、その後は器用さ──より正確には器用貧乏──で生き抜くことになる西村センセイなのですが。
1学期の「通信欄」には「明るく元気だがすこしにぎやかすぎる時があります」とのこと。
こちらも覚えがある──しかも娘もまったく同様──のですが、「学校」はとにかく楽しい場所で、ずいぶんはしゃいでいたようです。それでも2学期になると「今学期は大分落ち着いて大人になった点、自変[原文のママ]した様子が見えました」そうですから、やはりちょっとは成長したということなのでしょう。
いずれにせよ、約45年後の現在と比べてみると「あんまり違わないなぁー」というか、ホントに成長しているんだろうか、という感じ。しかもそれがほとんど娘に引き継がれているところをみると、教育なんて、あまり焦ってもしょうがないのかな、という思いがします。
長い目でゆっくりと、そして希望的に考えることにしましょう。