2015年5月2日更新(2015年5月10日ページ移動。2018年1月6日一部写真削除)
■5月2日(土) 「百里を行く者は99.9里を以て半ばとす」 ──西村センセイ自宅外壁の一部を損傷する──
風邪の調子はあまり良くない──というより悪い──のですが、今日と明日は約束があって、車であちこちへ行く必要があります。こういう時に怖いのが交通事故。
眠気を誘う可能性があるため風邪薬の類は一切飲まずに、まず新潟まで。片道約80km。センセイはもともと安全運転ですが、特に今日は気を使います。ただし客観的に振り返ってみると、いつもならチェックしているポイントが、いくつか抜け落ちていたと思う。
もちろん事故に繋がるようなものではないのですが。いろいろ考えたのですが、復路は幹線国道ではなく、海沿いの国道をゆっくり走ることにしました。こちらの方が交通量も、信号機も少ないのでです。無事自宅に到着し、周囲の様子を十分確かめてから、バックで車庫入れ。
最後はこのような状態になります。ひとまず所定の場所に車を収めたのですが、車の左側面と自宅壁の間隔をもう少し詰めたい。後輪がコンクリート張りの部分か後ろにはみ出つつあったので、前進しようとしたのですが、上手く進まずそのまま後退。
「まぁ、それならそれでいいや」と思ったのです。改めて前進して、車体をコンクリート部分に載せればいいので。ところが何故か車体をコントロールできず、固まってしまいました。エンジンには問題ないのですが、前後ともに進まない。
ナシテ?!そして在宅した家人によると、この時かなり大きな破損音がしたそうです。センセイは覚えていませんが。
エンジンを停止させて再度レバーを引き、車外へ。ここで初めて、状況を完全に把握することができました。
ハンドルが正面を向いていたので、センセイは前輪もまっすぐだと思い込んでいました。でも実際には、車体の向きを車庫と並行させるために、右前方を向いていたのです。やはりどこかで注意力がが途切れていたらしい。
この状態だと、左前輪の後部は車体の左側にはみ出ています。段差の関係で、車体を十分コントロールできない状態でこのまま後退してしまったので、車体前方は左側、つまり自宅外壁に向かいます。その結果が上の写真。
外壁の一部を壊してしまいました。改めて観察すると、外壁の中で色が少し変わっている部分はタイヤが接触した場所。新品のタイヤでまだ油脂分が多いためだと思います。
その中で特に力のかかった部分が破損し、脱落しています。(写真は事後に置き直したもの)なおコンクリート製土台の一部が変色していますが、これは2007年に発生した新潟県中越沖地震で被災した部分を修復した跡です。
318iはというと、1カ所を除きまったく無傷。車体側の衝撃はすべて左前輪が受けとめてくれました。損傷したのは左のサイドミラー外周。自宅外壁と接触してガガガと音を立てながら震えていました。
すぐに収納して被害を減じたのですが、その時の音と光景は良く覚えています。こちらは、飛び石などで避けられない車体の軽微な損傷を補修するために持っている車体色のペイントとクリアラッカーで修復。
どうしても周囲と少し色が違いますが、仕方がない。この部分を目にするたびに、今日の出来事を思い出すでしょう。
外壁の損傷については、お世話になっている工務店に連絡して連休明けに修理してもらうことにしました。なぜそんなに急いで修復話を進めたかというと、実はもう一つ理由が......。
いずれにせよ、調子が良くない時はできるだけ車の運転を避けることにします。これで北陸新幹線の利用率が予想より少し高くなるかも。
■5月1日(金) 新鋭683系2000番台は紀勢本線および北近畿に転出。381系は順次廃車に
激務が祟ったのか、あるいは怠けすぎたのか、先週末からセンセイはどうも体調がイマイチ。でも締め切りがある仕事で他人様にはご迷惑をかけるわけにはいかない。
何とかペースをあまり崩さずに連休に突入できるかなぁーと思ったのですが、数日前、ふと、周囲の人と着ているものが違うことに気づきました。カッコイイ(あるいはその逆)などとというのではありません。
着用している衣類の量が違うのです。他の人と比べて薄着だったり、その反対に、他の人はワイシャツ姿なのに厚手の背広を着たままだったり。明らかに温度感覚が狂ってます。風邪の引き始めに違いありません。
そしていよいよ今日は、誰が見ても──学長にも一目で指摘された──風邪。というわけで、今日は学外でいろいろあったのですが、そちらは後日に回すことにして、今日確認できた鉄道ネタを。
以前、北陸新幹線開業に伴って廃止となる旧「はくたか」用特急型681/683系のその後び用途と、それに関連があるのかないのか、金沢−大阪間の特急「サンダーバード」の方向転換および金沢−名古屋(/米原)間の「しらさぎ」の車両数変更についてお伝えしました。
その詳細がほぼ判明しました。結果はある程度予想まで通り。ただし違っていた部分があることも事実です。
まず、「サンダーバード」および「はくたか」用車両は、大阪駅と新大阪駅南西にある網干総合車両所宮原支所──新幹線からよく見える──間のループ線を使って、ダイヤ改正の直前に全編成が方向転換されました。
北越急行からJR西日本に譲渡された681系/683系も例外ではありません。それら681/683系はどうなったかというと、一部は北陸地方に残ったようですが、大半は「しらさぎ」に転用されています。「しらさぎ」の編成を組み替えたわけではないのですね。
ちなみに681系の量産先行車は松任工場(「金沢総合車両所」)で廃車(!!)されるそうです。車両としては非常に新しい旧「しらさぎ」用683系2000番台車両はというと、先月28日にJR西日本から公式アナウンスがありました。
交直両用の683系としてではなく、直流専用の289系に形式を変更し、紀勢本線の「くろしお」および北近畿地区の特急として使用するとのこと。
これに伴い、車齢が進んだ振り子型特急電車381系は順次廃車となります。全体としては、概ね予想通り。でも北越急行の単線トンネル高速通過による気圧変化で傷みが進む「はくたか」用車両を、ドル箱の「しらさぎ」に転用するとは思ってもいませんでした。
旧「しらさぎ」の交流用設備の取り扱いもポイント。この点についてはまだはっきりしていないのですが、最新の情報によると、交流用機器を残したままのようです。機器の重量バランスを考えれば適切な措置なのかも。
でもほぼ最新型なので、最初から撤去を念頭に置いて設計、製造しているのかもしれず、運用開始までに撤去されるのかもしれません。いずれにせよしばらくは、旧「はくたか」に出会うために、「しらさぎ」(一部「サンダーバード」)に乗車する機会が増えるかも、などと思ってしまいます。
......ホントに、風邪かぁ。
■4月30日(木) し、知らなかった。大学前のバス停から、東京行の高速バスが運行されているんだ...
いくつかの仕事が4月末日──つまり今日──締切なので、例によってセンセイは早朝からご出勤。
7時半になったのでパン屋さんへ行くことにしたのですが、なりゆきでいつもとは違うルートへ。
久しぶりに大学前のバス停に来ると......あれ?!バス停は雨や雪を凌ぐことができるように小屋になっているのですが、その内部の壁面に見慣れない看板が掛かっています。
「高速バスのりば 金沢工業大学前」。いつの間にか、大学前のバス停から都内へ直行する高速夜行バスが運行されていたんですね。
知らなかった。調べてみるとこれは、ジェイアールバス関東が東京−富山・金沢間で運行する「ドリーム金沢号」と「青春ドリーム金沢号」。
前者は3列シートで、後者は4列。いずれも9時過ぎにここを出発し、7時前後に上野到着。「青春ドリーム号」は片道5,250円ですから、バスに乗るのが苦じゃない人にはものすごく、お得。日曜日に東京から乗った北陸新幹線は3倍近い値段だったんですよ。
今度からセンセイも、体力がある時はこのバスを...などと考え始めて、ふと思い出したことが。このバス、特に「青春ドリーム号」は、就職活動をするために大学がバス会社にお願いして運行している「就職支援バス」を兼ねているのでした。本来の目的で利用する学生諸君にはかなりの補助が出ます。
先日、運行会社などのシステムが変わったという通知が届いていたんだった。立場上、「知らなかった」では済まされなかったのです。関係者の皆様、ゴメンなさい。
■4月29日(水:祝日) 大学脇の高橋川の上を、たくさんの鯉のぼりが泳ぎ始めました
今日は祝日ですが、センセイは大学へ。ただし今日はゆっくり目のご出勤。
センセイは大学脇を流れる高橋川の下流側にアパートを借りているのですが、通常は川の傍(たもと)を通りません。別に避けているのではなく、単に経路の問題です。
でも今日は都合でいつもとちょっと違うルートを利用しました。この経路は最後に、高橋川の土手へ出ます。ふと、橋のそばに たくさんの人が集まっていることに気づきました。しかも年齢層は幅広い。
もしかしたら、と思って自転車の進路を変えると......やっぱり。テクニックがないのでちょっとわかりづらいと思いますが、それなりの川幅がある高橋川の両岸にロープを渡し、それに鯉のぼりを結んでいるところ。
写真奥では、鯉のぼりが泳ぎ始めています。高橋川の鯉のぼりそのものには、転居直後から気づいていたのです。数年に1回は目にしていました。
でもその作業に出くわしたのは、初めて。1枚の写真に収めることはできませんでしたが、土手の下には地域の方のテントが並び、簡単な食べ物を売っていたり、バンドが演奏していたり。
手作りの春祭り、なんですね。ちなみに、高橋側には本物の鯉が生息しています。人間からすると鯉のぼりと似ています──模したのだから当たり前──が、もちろん本物はそんなこと意識することはないんでしょうね。
そもそも水面下から、上空がどう見えているのかはわかりませんが。
■4月28日(火) 街は学生を育て、学生は街に新しい命を吹き込む
そんなに怠けているつもりはないのですが、相変わらず仕事の山が溜まっています。今日は帰宅してから、ある仕事の締切が目前に迫っていることに気づきました。
困った...。というわけで朝から研究室で働いていたのですが、午後は気力と体力を使う講義があります。そこで久しぶりにほっかほっか亭でお弁当を買うつもりで校門を出ると、どこからか重機を使った工事の音が。
最初は学内かなぁと思ったのです。でも良く考えてみると、該当する工事はないはず。そこで少し進んで音のする方をよく見ると、おぉ、学生寮の解体工事中。
作業はかなり進んでいました。この辺は学生街。と言っても昔とは違って、飲み屋や麻雀店なんかはほとんどありません。最近の学生はとてもおとなしいのです。
古本屋なんて死語です。学生は──そしていつの間にか大人も──本を読まない。それでも学生がいる街には若さがあります。解体と新築/改築だけが若さだと主張するつもりはありませんが、やはり街が若さを保っているのは事実。
時々は問題を起こしながら──その処理がセンセイらの仕事──も、学生は街を若返らせています。そのお礼、というわけではないのですが、多少失敗しながらもちゃんと育つ学生を、この街は暖かく見守っています。
今日のお弁当は作りたて。とても暖かかったのですが、それは気温が高かったからだけではないと思います。
■4月27日(月) 思いがけず、残雪をバックにした満開の桜を愛でることができました
今日は見たままのお話。
何度もお伝えしているように、今春のダイヤ改正で自宅のある新潟(柏崎)−金沢間の鉄道による移動が不便(かつ高額)になりました。でも、もう一つ不便になったことが。
自宅から都内への移動です。これまでは新潟−金沢を結んでいた特急「北越」に乗ると、乗換駅である長岡へ簡単に出ることができたのです。柏崎−長岡間の所要時間は25分。特急券は必要ですが、乗り継ぎ割引なので半額。
ところがダイヤ改正で「北越」は全廃され、上越新幹線への乗り継ぎがとても不便になってしまいました。でも例外があります。かつての「北越」「いなほ」用485系特急車両を使用した糸魚川発新潟行の快速列車を利用するのです。特別料金は不要。
特急時代よりも停車駅は増えていますが、長岡駅では数分の待ち合わせで新幹線に接続しています。というわけで昨日、乗車してみました。やって来たのはR-28編成。先頭の表示が壊れている──製造メーカーが倒産したため修理できない──のが特徴です。
ちなみに写真右奥のグレーの建物は、お菓子メーカー「ブルボン」の本社ビル。新潟の485系はこれとR-25編成を除いて廃車になるそうです(改造された「キラキラうえつ」を除く)。
人気のあるT-18編成も、「足利大藤まつり号」としての運用が終わると廃車、解体とのこと。乗車率は30〜40%程度。かつての同時間帯の特急と比べると半分くらいに留まっています。また後継車両もありません。
それらを理由に数年後、廃止されるのは不可避と思われます。それはともかく久しぶりの485系。老朽化が進んでいますが、やはり653系「しらゆき」とは違う。懐かしい心地よさに、ついウトウトしてしまいました。
30分ほどの乗車で長岡到着。ここで上越新幹線に乗り替えたのですが、停車駅の少ない速達型で、しかもE4系の8両短編成であるにもかかわらず、乗客はまばら。
こちらも遠くない将来、減便は避けられないと思います。新幹線は突然、トンネルを抜けました。間もなく浦佐駅に到着するのです。平地にも雪がたくさん残っているのですが、おぉ、何とその脇には桜が。
しかも満開です。雪原の中、非日常のピンク色が際立ちます。予想していなかったので、カメラの準備をしていませんでした。もう一つの停車駅、越後湯沢に到着する直前に撮影したのが写真。
雪があるし、ある程度高度があるので、平地より2週間くらい遅れて満開になったんですね。明るい話題は少ないけど、それでも人や草木がちゃんと育っていることもまた、事実。ここは前向きに考えることにしましょう。
■4月26日(日) 悩みながら、しかし人は着実に成長する ──東北大学の研究会に参加しました──
......といっても、仙台まで出張したのではありません。東北大学は東京駅前の高層ビルに、サテライトオフィスを開設しており、そこで研究会が開かれたのです。
そのビルに入ってみると、おぉ、隣は北海道大学。その斜向かいは新潟の私立大学といった具合。知りませんでした。それはともかく、会合は午後からだったので、自宅から在来線快速と上越新幹線を使って上京。事務的なやりとりが必要だったので、駅の近くで娘と待ち合わせをして、一緒に昼食。
彼女は都内の文系大学へ通う4年生。つまり就職活動中。業界関係者である父親の予想通り、苦戦中です。
娘と会うのは姪──つまり彼女からすると従姉妹──の結婚式以来。つまり1ヶ月ちょっと見ていなかっただけ。
でも表情はずいぶん違います。要するに、ぐっと成長した。しばらくは大変だと思いますが、落ち着くところに落ち着くんだろうなぁーと思います。研究会の会場へ急ぎます。
細かいことは省略しますが、参加させていただいた会合は、大学における人材育成に関するもの。というか、東北大学での研修プログラムに参加した方々の報告会なのです。たまたま知り合いの方が含まれていたのですが、それ以外の報告者は初めてお目にかかる方々。
でも、報告している姿は明らかにぐっと成長した──繰り返していますね──人のそれ。正直なところ、置かれた環境が大変なのはよくわかりますが、いずれの方もそれを乗り越えようとしています。方法はバラエティに富んでいて、理詰めだったり、力ずくだったり。
しかしどの方も、その顔に意志と覚悟がよく表れています。人間は不連続に成長する。幸いにもその場面に立ち会えたわけです。