2013年11月16日更新(2013年11月24日ページ移動。2016年11月27日写真削除)
■11月16日(土) すべて、それにふさわしい段階があるのかも ――東京工業大学での学会に参加しています――
というわけで、センセイは東京工業大学で開かれている学会に参加しています。
写真は今朝の本館前。荘厳な校舎、立派な並木道です。脇のベンチには大学関係者――アジアからの留学生が多い――や地域の方が腰掛けていらっしゃいます。
子連れ姿が目立つなど、この大岡山の地域に根ざしていることがわかります。この学会は、2004年に第3回大会を金沢工業大学で開くなど、個人的には思い入れがある学会。
ただしこのところ、他の行事と重なったりして、大会にはなかなか出席できませんでした。ホントのことを言うと、老い先短いセンセイにとって、主要な関心事が少し変わってきたことが根底にあるんだと思います。
さて久しぶりの学会......どこが会場か、よくわからない。ふと気づくと、自分たちで開いた学会の様子を基準にして判断してしまいます。いかん、いかん。
もちろんすぐに受付は見つかったのですが、いろんなことが一変しています。まず最近は関連する国際会議と共催となっています。レベルは格段に上がっているのです。
それぞれのセッションでも、この分野を専門とした若い大学院生の発表が目立ちます。世代交代が進んでいるんですね。一方、参加者がとても少ない。初日だからかもしれませんが。そう言えば発表件数もずいぶん減っているような。
また、この学会でもかつて見られた、そしてセンセイらの学会の学会でよくあるような、よく言えば独自性のある、厳しく評価するとやや普遍性に欠ける発表はすっかり姿を消しています。
専門性を増した反面、周辺領域に関係する雑多な、しかし「次」に繋がるような要素が抜け始めているのかもしれませn。今日聴いたところによると、12年前に発足したこの学会と、6年前に設立が提起――設立は5年半前――されたセンセイらの学会の会員数は、ほぼ同数とのこと。別に競争しているわけではありませんし、分野も違うのです。
でもセンセイが仕事をしている学会や、メインとしている学会の会員はどんどん増加しています。センセイが関係する他の学会や今日の大会の様子などを見ていると、人間が作った学会という組織にも、発展段階が――もしかすると寿命も――あるのかもしれない、と思える時があります。
この学会の場合、何でもありで、何事にもがむしゃらで向かっていく若者の時期を卒業し、エレガントではあるものの、ひそかに体力の低下が忍び寄っている壮年期に入ったような......。
関係者の皆様、どうでしょう。
■11月15日(金) 上越国境は雪の中 ――センセイの冬のツアーが始まりました――
今日は見たままを手短に。やはりちょっと疲れているので。
センセイは午後の講義を終えてから特急と新幹線を乗り継ぎ、夜遅くに都内へ移動しました。明日から都内で開催される学会に参加するためです。
でも今回はほんの手始め。これから1ヶ月の間に、都内へ5往復(!!)することになっています。大宮までを含めれば6往復となります。
北へも西へも行きます。どうかなぁーと思っていたのが、新潟―群馬県境付近の雪。
昨日の講義で新潟出身の受講生が、「地元(新潟県のド田舎)では昨日雪が積もりました。これが雪国の底力・・・」と情報を寄せてくれたのです。
「底力」が何を意味するのかは不明ですが、先週末の寒さで東北地方は大雪になっています。新潟でも標高の高い地域では雪が積もっているかもと思っていたのですが、実際、北越急行の長いトンネルを抜けると、一面の雪景色。
暗いのではっきりとはしませんが、積雪10cmくらいでしょうか。写真は特急「はくたか」が終点の越後湯沢駅構内に入った時に撮影したもの。
いよいよ冬が迫っています。
■11月14日(木) 困った。iPhone 5がLTEにまったく接続しなくなってしまった。(実話)
「あれっ?」と思ったのは先週末。富山からの帰りのことです。
今回は一行14名が貸し切りバスで移動していたのですが、気を使う仕事を無事に終えてバスに乗り込み、iPhone 5で雨雲の様子を見ようとして......接続できない。
日曜日は雨だったので、金沢の様子が気になったのです。その時はたまたま電波の具合かなぁーと思ったのですが、接続は回復しないし、そもそもここは富山市中心部。もし地上の施設に不具合が起きているのなら大騒ぎになっているはずです。
もちろん、そんな気配はありません。たぶん設定ミスなんだろうと思って調べてみたのですが、部分的な不具合は見つかったものの、大きな問題はありません。
困った......。センセイはiPhoneでブラウジングすることは少ないので、その意味ではあまり影響はないのです。
問題は現在、アパートや移動時にiPhone 5のテザリング機能だけを使ってインターネット網に接続していること。
これが使えなくなると大問題です。何か悪いことをしたのか考えてみましたが、思い当たる節はありませ......あ"っ。
先日、「キャリアの情報に関するデータを更新するか」──正確な文言は忘れました──というメッセージが表示されて......どうしたんだっけ。
それにそもそも、iOS 7をインストールしてからどうも調子がイマイチ。金沢に戻ってからはさらに調子が悪くなってしまいました。こういう時は購入したお店、あるいはKDDIに相談、点検してもらうんだろうか。
それともAppleへ持っていくべきなんだろうか。いずれにしても、今は忙しいのでちょっと動けません。それでもあちこち操作しているうちに、3Gだけは不安定ながら何とか接続できるようになりました。でも右側の画面のスイッチを入れても、高速なLTEにはまったく繋がりません。
LTEの速さに慣れると、3Gでのデータ通信はかなり遅く感じられます。そもそも、繋がるかどうかすら怪しい。ここ数日はハラハラしながらこのページを更新していたのでした。
客観的に考えてみると、ハードウェアの故障でなければどうやらキャリア(通信施設)に関する情報が混乱してるものと推測されるという結論に至りました。
上の左は「設定」画面なのですが、本来はその真ん中あたりに「キャリア」という項目が表示されるはずなのです。
でも、ない。要するに一時的に接続すべき位置情報が混乱して基地局を一時的に見失っている状態だと思われるのです。
そこでiPhone側は低速ながら高域をカバーする3Gに切り替えている......。こうなると、KDDIから提供される情報が更新されるのを待つしか......え"っ。
まさにこのページを打っていた今晩9時前、画面が突如、右側のものに切り替わりました。
ご覧のように「auICカード[SIM]のデータ更新が完了しました」。しっかりとLTE接続に戻っており、「キャリア」項目も復活し、そこにはしっかり「KDDI」。ソフトのバージョンを調べたのですが、5から8にアップしていました。
バージョンをつい先ほど確かめたばかりだったのです。というわけで現在は、元の使い勝手に戻っているのですが......う〜ん、こんな調子だと、今後がちょっと不安だなぁ。
■11月13日(水) 初のLEDシーリングライト。でも、どうも慣れない...
いきなり壊れてしまった自宅書斎の天井照明は、お伝えしたように自分で交換しました。でもその日は付け替えただけで終わり。金沢へ移動するために自宅を離れる時刻が迫っていたのです。
付属のリモコンを試す時間すらありませんでした。そこで先週末、滞在時間は短く、かなり忙しかったのですが、リモコンに電池を入れ、ちょっと使ってみました。まずは記念撮影。
ちょっと下ぶくれに見えますが、実際にこういう形状なのです。他の機器のリモコンに比べてかなり太く、しかも下が膨らんでいます。
写真は横にして撮影していますが、これ、たぶん立てたまま置くためのものなんですね。一応はリモコンを引っかけて置くための部品も同梱されていましたが。さてセンセイにとっては初めて──娘のアパート用に購入したものを除く──となる本格的LEDライト。結構期待していたのです。
特に色温度や明るさを自在にコントロールできるはず。今までの白熱電球は暖かい感じがするけれど、細かい仕事をするには不向きだし、消費電力も大きい。蛍光灯はその逆で、なかなか寛(くつろ)げない。
それらを、あるいはそれ以上の環境を、たった1台のLEDシーリングライトで切り替えることができるはずなので。確かに白い色──青色に近い──から、白熱電球に近い色まで、そしてびっくりするほどの明るさから、よく見えないほどの薄暗さまでコントロールできます。
う〜ん、でもどうもイマイチ。一つには設定されている可変範囲が広すぎるのです。
BMW車などとは対照的に、まだ製品の造り込みが足りず、試作品に毛が生えたようなものをそのまま販売しているかのような印象を受けてしまいます。
かつての日本製家電なら、こんなことは絶対になかったのに。そしてもう一つ。LED照明のコンビニなどでも感じるのですが、どこか嘘っぽい。あるいは刺々しい。上手く表現できないのですが。
センセイは、使用するパソコン──ほとんどがMacintosh──のデスクトップはすべて、無地のグレー一色に設定して、可能な限り画面の色温度を揃えています。
個体や環境による色の差異をできるだけ抑えるためです。ところがLEDシーリングライトをいろいろいじってみても、Macの画面はすべてどこか虚ろな感じになってしまい、操作する時に妙な緊張感を強いられます。
蛍光灯でも起きなかったこの事態。単に慣れていないだけなのか、別な要因があるのか。自宅に留まった時間が短いこともあって、ちょっとまだよくわかりません。
■11月12日(火) 学生諸君の課題が、ピークの一つを迎えているらしい ──午前6時の自習室──
お伝えしているように、北陸地方は一昨日から急に寒くなり、雨の日が続いています。センセイは通常、自転車で通勤していますが、こういう日は車のありがたさを実感します。
今週はたまたま車で金沢に来ているのです。いつもは研究室前の駐車場を利用するのですが、学会の行事があるとのことで、今日はちょっと離れた場所に駐車。構内の、ふだんは通らない道を通って通用口から校舎内へ。
朝早いので、他の出入り口はまだロックされているのです。365日、24時間オープンしている自習室の脇を通ると学生がいます。しかもかなりの人数が活発に動いています。
今は朝の6時過ぎ、ですよ。先日の、(大半は)帰宅困難組とは大違い。
自習室の中に入って確認したわけではないのですが、おそらく、各科目で出された課題、しかもかなりヘビーな課題の締切が迫っているんだと思います。
学期の半ばに差し掛かっていますからね。講義の反応(例えばこちらやこちら)の中にも、それと思しきコメントが。休憩時間に学生が交わす言葉にも、課題の厳しさを感じます。
大変なんだろうなぁー、とは思うのです。あと10年くらいして、それなりの社会人になり、その半分くらいが家庭を持つ頃には「あぁ、もう徹夜はできないんだぁ」と悟ることになります。
正確には徹夜そのものは可能でも、翌日が仕事にならなくなります。冷たいようだけど、「鉄は熱いうちに打て」なんです。やっぱり。
■11月11日(月) 北陸地方は気温が急激に低下し、霙っぽい雨や霰が降りました
昨晩遅く自宅に帰ったセンセイですが、今日は夕方までに金沢へ移動する必要があります(すでに到着済)。今朝はまず、一番乗りで予約しておいた皮膚科医院へ。
夕方には金沢のお医者さんも予約しています。薬を貰ったらそのまま10kmほど離れた実家へ。食料品の買い出しその他の用を済ませます。両親は高齢なので、誰かが買い物に連れて行く必要があるのです。
その後は急いで自宅へ戻り、別ないくつかの用を済ませて昼前に車で自宅を出発しました。写真は先週土曜日に富山を訪れた際、宿泊したホテルの前で撮影したもの。レンタル式の公共自転車のようです。
後輪の泥よけには“Cycle City TOYAMA”と書かれています。富山市の市街地は平坦なので、確かに自転車があると便利でしょうね。
詳しくは調べていませんが、誰でも借りられるのではなく、登録者がICカードを使って利用するらしい。
もう一つ気づいたことがあって、雪が降る冬場はどうするんだろう。というのは翌日の日曜日からずっと雨。今日も時々視界を遮るほど激しく降ることがありました。
しかも気温がどんどん低下。新潟−富山、および富山ー石川県境を走っていると、聞き慣れない警告音が鳴りました。
一瞬何だかわからなかったのですが、すぐに外気温が3℃以下になり、路面が凍結する可能性を警告する車外気温計の音であることを思い出しました。
実際、フロントガラスにあたる雨粒が霙(みぞれ)っぽくなってくるし、一時的には小粒の霰(あられ)も降りました。明日、明後日と、北陸地方は12月下旬の寒さになるようです。
やっとの思いで無事に金沢に到着。安心して緊張が解けたせいか、病院の予約しをすっかり忘れてしまっていました。
関係者の皆様、ゴメンなさい。
■11月10日(日) 西村センセイ、富山名物の鱒寿司「高芳」の若奥様に優しく諭される
西村センセイ、富山市内での仕事そのものと責任者としての任務を無事に果たして、ひとまず金沢の大学へ戻りました。
業務の結果を大学上層部に報告して研究室に戻り、置いておいた荷物をまとめて金沢駅行きの路線バスに急いで乗車。金沢駅からは特急と各駅停車を乗り継ぎ、夜遅くに新潟の自宅へ。
その途中、昼過ぎまで存在した富山市──といっても富山駅ですが──に立ち寄りますに。やはりちょっと変な気分。それはともかく、3ヶ月ぶりの富山市だったので、「今度こそ」という思いで市内のある場所を訪問してみました。
天気が良かった昨日、つまり土曜日のことです。目的地は富山名物の鱒寿司のお店「高芳」。夏にも訪れたのですが、日曜日で営業していなかったのです。
このお店を教えてくれたのは、富山出身の元同僚。その後何度か頂戴したのですが、確かに違う。そこで、せっかくなの年老いた両親や伯母、近所の方にもお土産として持ち帰ろうと思ったのです。
しかし、応対してくださった美人の若奥様によると、3日目(11日〔月〕)までの品質保証は難しいとのこと。
笹やお米から水分が抜けてしまうんだそうです。それなら......「明日の朝、また買いに来ます!!」
若造のような発言をする西村センセイ、当惑した表情の若奥様に優しく諭されました。高芳は明日の日曜日は休業日。お店が開いていないだけでなく、製品も存在しないのです。
わずか3ヶ月前のことなのに、すっかり忘れてしまっています。奥様の表情の背後に、品質と伝統への深い造詣を感じます。数年に一度くらいの割合で、このような背筋がピンと伸びた方にお目にかかることがあります。
僥倖(ぎょうこう)ではあるのですが、センセイにはとても真似できそうにありません。果たして両親や伯母の存命中に、高芳の鱒寿司を食べてもらう日は来るんだろうか。