2024年1月27更新(2024年2月4日ページ移動)
■1月27日(土) 数の不一致に気づいた方は... ──JR信越線米山駅の跨線橋が撤去されていました──
本題に入る前に、昨日の続きから。
国土交通省北陸地方整備局高田河川国道事務所は本日、国道8号線茶屋ヶ原での通行止めを解除(報道例(全文を読むには登録が必要))しました。北陸自動車道の並行区間が無料通行できたとはいえ、これまでは利用できない車両や、軽車両(自転車など)が存在。
まぁ、この時季に自転車での走行は無理ですが。少しずつですが、これで地域の方々の生活や、長距離ドライバーの日常が平常に戻ることでしょう。写真は日曜日に撮影したもの。
予定変更で、伸びきったラーメンを前にしたような感覚で満ちていますが、区切りをつけるためにも県内ツアーの最終回を。突然ですが、数字の不一致に気づいた方は、どれだけいらっしゃったのでしょう。
もちろん、何のこと...という方が大半のはず。お伝えしたように、今回は「コ」の字型に3本の電車を乗り継いで直江津駅へ向かい、旧北陸本線の列車に乗り換えて目的地、浦本駅に辿り着きました。
つまり、ここまでに乗車した列車は、4本。帰路を考えると、浦本から直江津までとその先の2本、計6本となります。でも今回、実は7本の列車を利用。つまり列車の本数が合わない...。
でもこれが、今回のツアー最後のツボ。普通に戻ると、直江津駅だけでなく浦本駅での接続もとても悪い。
実際、「サンレパスルート8」で美味しいお昼を頂いてから浦本駅に向かって歩いていると、駅まであと500mくらいのところで下り列車が入線。
センセイを置いてきぼりにして、直江津に向けて軽快に走り始めました。ただしこれは、当初より織り込み済。よほどの幸運に見舞われない限り、無理だったのです。
どうするかというと、逆方向、つまりさらに西方を目指します。もう3駅乗車すれば地域の拠点、糸魚川(いといがわ)駅。雨天下、浦本駅で無為に長時間待つのではなく、糸魚川で折り返すことで有意義な時間を得ることができるはず。
糸魚川駅での待ち時間は10分ちょっと。その時間を利用して、高齢者向けのお土産(地元産の漬け物)を購入。ホームに出ると、直江津駅からセンセイが乗車し、富山県東部の泊駅で折り返した6本目となる列車が到着するところ。珍しく、40%くらいもの乗車率でした。直江津で最後の列車に乗り換えます。
写真はその際に車両後部から撮影した米山駅。
駅到着前は「大規模な作業だから、まだ続いているんだろうなぁ...」と考えていたのです。お伝えした駅跨線橋の解体、撤去工事です。ところが駅に到着するとびっくり、ご覧のように跨線橋は、影も形もありません。
写真は縮小しているので良くわかりませんが、乗車を待つ人のための小さな屋根も設置されています。冷静に考えてみれば、前回から2ヶ月弱が経過。しかも最も費用が掛かる──拙宅新築の際、棟梁から教えていただきました──重機の移動と使用を考えれば、核心部分の作業はできるだけ短期間で完了したいはず。
なお、関係者の車両は確認できなかったものの、工事現場事務所はまだ残されていました。国道8号線茶屋ヶ原での仮復旧工事同様、米山駅での工事も十分な準備ができた上での作業。もちろん能登の被災地を踏まえて、です。
能登半島地震発生から1ヶ月弱が経過。現場の状況がきわめて厳しいこともあり、被災地では先週あたりからやっと、徐々にですが少し先を見据えつつ行動できるモードに切り替わりつつあるようです。
ただし地域差も。加えて避難所、自主避難所、そして車内泊や自宅待機で、被災者が強いられている状況は千差万別。だからこそ、行政その他支援の手も届きにくい。
どこまで可能かは別として、被災地の状況を思い遣る心だけは忘れたくないものです。
■1月26日(金) こちらは、「面」で支えることができたので... ──国道8号線の不通区間は明日復旧──
予定を変更して、能登半島地震に関する県内情報をお伝えします。
一昨日に引き続き今日は、両親の食料確保のためお昼に実家へ。車内で聴いたNHKのローカルニュースが伝えていたのは、まったく予想外の内容。何と国道8号線、上越市茶屋ヶ原地区の通行止めを、明日10時に解除するというのです。
耳を疑いました。ご存じの方には申し訳ないのですが、状況の再確認から。
現場は、旧北陸本線で言うと有間川─名立駅間。付近は海抜約65mの海岸段丘面が約5kmにわたって続いており、崖(「海岸段丘崖(がい)」)の真下を、海に面して(旧北陸本線と)国道8号線が通っています。
これらの写真のすぐ近く。現場の厳しさをお感じいただけたでしょうか。能登半島地震により、その中央部付近で規模な土砂崩れが発生し、崩れ落ちた大量の土砂が国道8号線を塞いでしまいました。つい先日、「通行止めが2月中旬までに解除される見込み」と報じられたばかりなのです。
つまり約20日も早い。現場を管理する国土交通省北陸地方整備局高田河川国道事務所のサイト(写真)を見てみました。((c)国土交通省 北陸地方整備局 高田河川国道事務所)
画面の中段付近には、この件に関するプレスリリースが。現役時代は毎週通過していた場所なので、現場の状況が手に取るようにわかります。ドローンが撮影した現場の様子を見て、センセイが最初に感じたのは「復旧まで、2ヶ月くらいかなぁ...」。
仮復旧とはいえ、それがこんなに早いとは...。その要因を考えてみたのですが、今回、北陸地方整備局の対応は「総力を挙げて」という態勢。最初から24時間体制で臨み、高所での作業には早い段階で「ロッククライミングマシーン」を投入。
日本海側の物流にとって非常に重要な要素なので、復旧の必要性は高い。ただし穿(うが)って考えてみると、他省庁を圧倒する予算だからこそなせる技かも。(センセイはへそ曲がり)
でも同時に、見方を変えてみると、早期の復旧を実現できたのは、現場を「面」で支えることができたからだと思う。何のことか、すぐには理解できませんね。(つまり、良い表現ではない)
まず現場付近に限っていうと、(上部からの一部作業を除き、)現場は崖下で、両側からしかアクセスできません。つまり復旧作業における物理的なボトルネック。ただし、その背後には、いろいろな意味で「面」が重層的に広がっています。
まず、ドローンなどを使用して状況を3次元的に把握して情報を一元的に管理して、人員や機器を適切に配置、運用可能。日曜日にこの付近を列車で通過した際、すぐ脇を走る国道8号線を、土砂を積載したダンプカーが走行していました。状況は厳しいとはいえ、関係者は順に休息を取りつつ、比較的効率的に対応することができます。
対照的なのが、能登の被災地。たぶん被災者のみならず、支援をする側すら、未だにいろいろなものや智慧を含めた事柄が足りないはず。また、避難している方々は、生の要望をなかなか声に出すことができず、自制する場面が多いと思われます。
西村センセイ、個人的には能登を何回か訪れています。ただし金沢工大に移籍した年に休日を利用して金沢を訪れた家族とともに、輪島市の千枚田──今回の地震で壊滅的な被害を受けた──までしか行ったのが最遠。その限りで、ですが、地形の関係で能登はどうしても移動経路が限定されます。
今回はその細いルートが、地震で寸断。同じ被災者として当初から感じていた問題点は、早い段階で全体の状況把握ができなかったこと。もちろん過疎地が多い、また通信が途絶した、さらには地震発生後ほどなく日が暮れるなど、やむを得ない面も多かったのです。
加えて、そもそも細いアクセス線が被災してしまい、人や物流の流れが遮(さえぎ)られた。対照的に新潟県内の国道8号線については、「面で...」というセンセイの言葉を、ある程度納得していただけたでしょうか。
それにしても、じゃあ、つい先日の「2月中旬」報道は何だったんだろう...。
■1月25日(木) 県中央部を、ぐるっと一周 ──北越急行の「ゆめぞら」号に乗り合わせました──
当地は昨日同様、大荒れの天気。積雪はほぼ倍増して22cm。
ただし基準の降雪量には達しなかったようで、今朝は除雪車が入らずに、午後になってからやって来ました。お昼に外出したのですが、雪がそれなりに積もっており、とにかく歩きづらい。また西風が強いため、歩いていると、短時間ながら前に進めないことも。
雪が降らない地域の方には信じてもらえないかもしれませんが。この天気は明日の日中まで続きそうです。
間が空いてしまいましたが、1枚目の写真は日曜日に利用した列車の一つ。北越急行(ほくほく線)の“HK100”型電車です。解説の前に当日の行程の「答合わせ」を。お伝えしたように、この日の目的地は糸魚川市(旧能生町)内。
つまり拙宅から見ると西方。通常ならばJR信越本線と旧北陸本線(えちごトキめき鉄道「日本海ひすいライン」)を乗り継ぎます。ただし途中の直江津駅での乗り継ぎが悪いので、発想を転換して、ひとまず逆方向の長岡へ出ます。
同駅で上越線の各駅停車に乗り換え、六日町駅へ。鉄道ファンからは「乗り換えは(長岡駅隣の)宮内では?」とダメ出しがありそう。ご安心ください、今回使用している企画乗車券はフリー切符。だから何の問題もありません。
列車が六日町駅に到着する少し前に、反対側の上越線から列車が入線しているはず。それがこの2両編成の電車。ごく僅かな時間で乗り継ぐと、列車はひとまず(センセイが乗車してきた電車とは)反対方向へ。
つまり戻る格好になるのですが、すぐに電車は左(=北側)へ大きくカーブし、北越急行線に入ります。列車の終着は直江津駅。そこで旧北陸本線に乗り換えようというのです。実は新潟県内、地方の割には鉄道が網の目──ほどでもないか──状に形成されているのです。
それ故に実現できる技。西村センセイ、北越急行線に乗車するのは数年ぶり。北陸新幹線開業前は、これが首都圏と北陸を結ぶメインルート。681/683系特急「はくたか」には数え切れないほどお世話になりました。
現在、優等列車はすべて廃止され、各駅停車だけが運行されています。個人的にはその後も、全区間に1回乗車しています。ちなみに、運転席前に設置された粗い目の金網は、垂れ下がった氷柱から窓ガラスを護るためのもの。
国鉄時代の機関車はしばしば、庇(ひさし)を設置していました。無事に1両目の列車に乗り込んで発車を待っていると、運転士は出発の案内の中で「(センセイが乗った)1両目の車両はイベント列車です」。一瞬、何のことがわかりませんでした。
乗り合わせた車両は、シアター・トレイン「ゆめぞら」号だったのです。北越急行線は建設時代が新しい新しいため、山間部を長大なトンネルで抜けています。つまりその間、車窓は真っ暗。正確に言うと、トンネル内も見どころがあるのですが、それについては後日。(たぶん)
そのためトンネル内で、車両側面に設置した5台のプロジェクター(左側)で5枚が連続した動画を音楽とともに投影。(詳細については同社のサイト(下部))移動経路の関係で北越急行線に乗車することは少なくても、直江津駅やその付近で同社の列車はごく普通に見かけます。車掌側面に「ゆめぞらII」と記されているので、車両も良く目にしていたのです。
でも実際に乗車するのは初めて。個人的には静かな車内環境を好むのですが、せっかくの機会なのでそのまま乗車しました。最初の長いトンネル内で撮影したのが写真。テーマは「海中」です。
他の動画では途中、同社のマスコットキャラクター「ホックン」が活躍する場面も。過剰な視覚効果に加えて、たまたまスピーカーがすぐ近くにあったことでm個人的にはちょっと...というのが本音。でも首都圏から途中にある松之山温泉を訪れようとしている乗客(たぶん)などは大喜びでした。
記憶に間違いがなければ、「ゆめぞら」は北陸新幹線開業前から運転されていたはず。第三セクターおよび民営ローカル線はどこでもそうですが、少しでも利用客を...という熱意を評価すべきでしょう。
建設途中から国内最高速度160km/h「はくたか」を走行させることになり、線路などを高規格──実際はオーバースペック──で整備された「ほくほく線」。
各駅停車でも最高速度95km/hで駈け抜けます。わずか1時間ちょっとで直江津駅に到着。ここは鉄道の要衝で、ホームも多い。乗り換え時間は2分しかないのですが、何と、次の列車は同じホームの向かい側で待ってくれていました。
旧北陸本線の列車はほとんど入線しない番線なのに。もちろん問題なく乗り換えて、糸魚川市を目指します。(続く)
■1月24日(水) この中に、いくつ? ──日本列島全体が、今シーズン最も厳しい冬型の天気に──
予定を変更して、当地の雪に関するご報告を。
ご存じのように、日本付近は昨日から強い西高東低の気圧配置となり、上空には今季最強の寒気が入り込んでいます。もちろん当地も例外ではなく、一昨日の晩から西風が強くなり、昨日のお昼頃から雪が舞うように。
そして日没に合わせるかのように、昨晩から雪が積もり始めました。ただし以前もお伝えしましたが、雪国の人間にとって冬に雪が降るのは当たり前。
問題はその量と、降るタイミングです。今回は完全な「山雪型」。しかも大雪をもたらす“JPCZ(Japan sea Polar air mass Convergence Zone)”つまり「日本海寒帯気団収束帯」は、近畿から北陸西部に掛かり続けるとの予報。
つまり当地に関する限り、風は強いものの雪はあまり積もらない。(決して、他の地域はどうなっても良い、という意味ではありません)予報によると、今朝までの当地の積雪は最大15cm。そのため、昨日のこのページでは降雪について触れませんでした。
今朝、書斎の窓から外の様子を確認すると、やはり雪は大したことありません。アメダスの記録によると、今朝の積雪は12cm(最大14cm)。ただし風は相変わらず強く、最大瞬間風速21.5m/h。
風の音がうるさいこともあり、昨晩はゆっくり休むことができず。ニュースは朝から全国各地の雪の様子を伝えています。気圧配置の関係で北海道および東北北部の雪は当然。それとともに強い寒気が西から入っているので、雪にあまり慣れていない九州や四国などからも積雪に関する情報が。
現地の方々には申し訳ないのですが、これは予測されていたこと。降雪の中心は徐々に、近畿北部および北陸西部に移るはずなのですが、少なくともセンセイが確認した範囲では、なぜかこの点を報道しません。センセイは今日、お昼を除いて外に出ないつもり...だったのです。
ところが朝、机に向かっていると母親から電話が。明後日に実家を訪れることになっていたので何だろうと思ったら、予想外の相談内容。昨秋、彼に頼まれて手続きをした「囲碁将棋チャンネル」料金の支払いに、何か問題が発生しているらしい。
高齢者との電話だけでは埒(らち)が明かないので、予定を変更して自動車で実家へ。雪道の運転はできるだけ避けたいのですが、仕方ない。写真はその途中──正確には帰路──の様子。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
さて皆さんが運転免許をお持ちだとして、この写真の中に何を、そしていくつを見つけるのでしょうか。答合わせは後にするとして、冬道の運転はけっこう大変。
車外気温計はどんどん低下し、最低-1.0℃(0.5℃刻み)。アメダスによると、ちょうどその頃に最低気温-0.5℃を記録しています。標高が低く、かつ海に面しているため気温が下がりにくい当地としては、かなりの低温。
当然、凍結によるスリップに注意する必要があります。ただし実際問題として、写真の地点を含む幹線道路には凍結防止のため、「塩カル」こと塩化カルシウムの凍結防止剤が散布されており、路面凍結の可能性は低い。
その代償として、車体下部の腐食がどんどん進行するのですが...。細い生活道路に入ると状況は一変。自宅より多いものの、積もった雪は大したことないのですが、タイヤのグリップが効きません。冗談抜きで慎重に運転して、無事に実家到着。
あらかじめ状況を調べておいたため、問題点は割と簡単に判明しました。何のことはなく、センセイが書いた手続書類の中に一カ所、誤記があったのです。トホホ、情けない。(関係者の皆様、ご迷惑をおかけしました。ペコリ)
気を取り直して帰路につきます。平坦な経路も選択できるのですが、途中、わざと集落内の生活道路へ。ここは勾配10%程度。運転をする方なら理解していただけると思いますが、かなりの急勾配です。
しかも路面には雪が積もっています。案の定、駆動輪である後輪がスリップし始めたため、“DSC”(BMW版トラクションコントロールシステムの名称)が細かく作動します。昔のFR車(後輪駆動車)だったら、よほど技量のある方でない限り、登坂できなかったと思う。
で、写真の地点へ。写真はまず、全体がぼんやり。
これは決してピンぼけではなく、強い西風(ここでは右前方からの風)が吹き付けているため、積もった雪が飛ばされて地吹雪になっているため。拡大写真だと、辛うじてその様子を確認できます。ただし前述したように、路面凍結のリスクは低い。
万一凍結している場合は、まったく別の運転が求められます。次に注意すべきは道路左右のポール。紅白の部分を確認できますが、良く見るとその下部は白色。実は、紅白の上部は下部に収納されており、冬期のみ引き出されているのです。もちろん道路の端をドライバーに伝えるため。
北海道では上から矢印で吊り下げていることもあります。冬道での道路からの逸走、実はかなり多いのです。
やれやれ、全問正解だぞぉーと、お考えの方がいらしたとしたら貴方/貴女は脇が甘い。中央奥をよぉーく見ると、対向車(中型車)が迫ってきています。おわかりでしょうか。このような状況下なら、少なくとも自己の存在を示すスモールライトを点灯すべき。
たぶん先方は、状況の急激な変化で、その必要性に気づかなかったんだろうと思います。それくらい雪国での天気など、状況はコロコロ変わるのです。
途中で当座の「囲碁将棋チャンネル」料金を支払い、帰宅。午後から夕方にかけて入ってきた情報はまさに、近畿から北陸西部にかけて(岐阜・滋賀県境の関ヶ原付近を含む)の降雪とそれによる交通の大混乱。
あれだけ警告されていたのに...。なお実際には、「わかっていたけど、会社の指示でやむなく...」という方が大半のはず。これも、この国の現状を凝縮しているのかもしれません。
ま、手続ミスをしたセンセイとして、決して偉そうなことは言えないのですが。
■1月23日(火) OSはWindows 10だったのね... ──JRの列車で出くわした車内情報表示器──
日曜日の県内ツアーの続き。
鉄道ファン的に言うと今回のポイントは、乗り換えの妙。お伝えしたように自宅付近のJR信越本線と、目的地の旧北陸本線の列車接続が良くないため、どうやっても時間的なロスが発生してしまいます。
しかも今回は雨天。晴れていればたとえば、ご無沙汰している直江津の「つかそば」に立ち寄ることもできるのです。まぁ、その場合は何が本来の目的かわからなくなってしまいますが。
というわけで今回は、計7本(!!)の列車を乗り継ぎました。2カ所で15分ほど乗車したまま列車の発車を待ったのですが、それ以外はごく僅かな時間での乗り換え。実は、「次の列車が乗り換えを待ってくれている」のです。
運転本数が少ない田舎では、奇跡的。「正解」は明日以降に送るとして、最初はJRの列車を2本乗り継ぎました。写真はその途中で気づいて撮影したもの。車内、ドア上にある情報表示器です。
ふだんなら、次の停車駅に関する情報や動画ニュース、コマーシャルなどを表示しています。センセイはドアから少し離れたボックス席に着席していたのです。だから表示そのものは認識していたものの、具体的な内容については把握できません。
...でも、何だか変。乗車してからずっと変わらないし、何より、どこかで見たことがあるような...。
下車する前に、遠回りして表示を確かめました。おぉ、これはWindows 10の更新時の表示ではありませんか。今までまったく気づきませんでしたが、バックグラウンドで稼働しているOSは、Windows 10だったんですねぇ。
乗換駅到着までもう少しだけ時間があったので、隣の車両へ。もちろん画面確認のためだったのですが、何と予想外に、こちらは通常の表示。理由はわかりません。
以上、事実なので、そのままお伝えします。
■1月22日(月) 高低差約150mの崖が一部崩れ落ちるなど、新潟県西部も地震の被害を受けています
改めて周囲を見渡すと、え"っ!?
昨日の続き。「サンレパス ルート8」へ向かって歩いている時に頭にあったのは、諸事がスムースに運んで、予定している列車に無事乗車できるかどうか。提供時間に関係するので、お店の混み具合も心配。
国道は大型車が行き交うため今回は、往復ともに山側の、道路より4mくらい高い場所にある久比岐(くびき)自転車(旧北陸本線跡)を歩きました。そこから見える限り、道路や海岸に大きな損傷は見当たりませんでした。唯一気づいたのは、自転車道の一部崖が緩み始めているらしく、近寄れないようにカラーコーンが設置されていたことだけ。
海岸に降りたわけではありませんが、特別な漂着物もなかったと思います。久しぶりに美味しい「鶏の唐揚げ定食」を頂いて、お店の外へ出た時、目の前には俄に信じ難い光景が広がっていました。非常に大きな崖崩れです。
直江津駅から旧北陸本線の列車に乗車した時も、外の様子には注意していたのです。国道8号線(有間川駅─名立駅間)では大規模な土砂崩れが発生(写真を含む記事)していますし。
車内から観た限り、一目でわかるような家屋損壊は確認できませんでした。ただし屋根の棟(むね/ぐし)が損傷し、ブルシートを掛けられた家が複数。また能生(のう)駅西方では、能生川沿いの崖が崩れていました。
浦本駅のホームや建物には目立った被害はなかったものの、「地震の影響で案内放送ができない」との張り紙が。だからセンセイが見落としているだけで、実はたぶん、あちらこちらに影響が...と思っていたのです。でも。こんな大きな崖崩れが起きているとは。
...と言っても縮小した写真なので、何が何だかわかりません。(すみません)まず位置関係と地形から。写真の「山」は昨日の写真(1枚目)を裏から見ています(だから写真の右側に日本海が広がっている)。山のように見えますが、これは一種の台地。
日本海にそそぐ2本の比較的短い川によって形成された河岸段丘面です。つまりこの崖は河岸段丘崖(がい)。もう少し実際の様子を数値を用いて理解していただくため、必要に応じて中央やや左側の崖崩れ部分をズームアップした拡大写真をご覧ください。(別ウィンドウ、1280×960)
まず「山頂」(段丘面)の高さは約180m。他方、センセイが立っている場所は標高12m。つまり標高差は170m弱。
写真を良く見ると横方向に長いグレーの人工物が2つ見えますが、これは北陸自動車道「鬼伏トンネル」の履道(シェッド)。要するにトンネルの前後に設置され、雪や落石から人や車を守るための、一種のトンネル。
上り線(金沢方向)を走っていると、壁のように聳(そび)える崖に突っこむ感覚。よぉーく見ると、上り線と下り線ではシェッドの高さが相違します。実はその間に管理道路が走っているのですが、その標高は約45m。つまりシェッド部分からでも高さ約120m強ある崖が崩れ落ちてきたのです。
ちなみに、この部分は高架橋なので、付近の地面からだと高低差は約150m。震源地から約80km離れた場所でもこの被害なのですから、被災地の状況は推して識(し)るべし。被災者の方々が強いられいる生活も心配です。
本県に関して言えば、津波と新潟市内の液状化現象が大きく報道されています。しかしそれ以外にも、例えば住宅被害(昨日時点での最新情報)は増加の一途。新潟市の被害確認が完了していないので、被害がさらに拡大することは確実。
他方、当地でも明るい話題が少しずつ。国土交通省は今日、国道8号線の土砂崩れ現場の通行止めが2月中旬までに解除される見通しだと発表(最新の現場写真を含む報道)しました。ちなみに現場の状況は、この鬼伏地区での土砂崩れの様子と酷似(こくじ)しています。
基本的には、良く似た地質構造──たぶん砂泥互層がほぼ垂直に切り立っている──だと推測されます。「明けない夜はない」と信じたいものです。
■1月21日(日) 旧北陸本線浦本駅を列車で訪れました ──今日は、鉄分+タンパク質補給の旅へ──
昨晩、家人から持参人式の企画乗車券を譲り受けました。
というわけで今日は、今年初めての鉄分補給の旅へ。新潟県内がほぼ乗り放題となる乗車券ですが家人が1日使用しているので、有効期間は今日だけ。しかも拙宅がある柏崎市は、新潟県の中ではやや西側。
新潟市からなら交通の便が良いし、隣の長岡市なら距離的に、割とどこへも行きやすい。残念なが当地からだと、少しハンディがあります。乗車券をもらえることがわかったのは一昨日。昨日は時刻表とかなり睨めっこしました。以前から(再び)行きたいなぁーと思っていた場所はあるのです。
場所と言うより、お店。現役最後の数年間、金沢からの帰りにほぼ毎週のように立ち寄った「サンレパス ルート8」です。もちろん自動車を使えば、訪れることは可能。でも拙宅からだと70kmちょっとの距離があります。
また途中で、交通量の多い上越市旧直江津地区を抜ける必要が。ガソリン代や移動のリスクを考えると、その目的のためだけに自動車を使う事態は避けたい。何しろ、センセイは年金生活者なので。他方、かつての移動──というより「通勤」──経路沿いですから、在来線も利用可能。
最寄り駅は旧北陸本線の浦本駅。ただし駅から約1.5kmほど歩く必要があります。問題は距離よりむしろ雨や雪、そして強い西風。何ら遮るものがない海岸部を歩くのですから。同時にネックとなるのが、列車ダイヤ。
旧北陸本線の県内区間、つまり現在の「日本海ひすいライン」のダイヤは概ね等間隔で組まれています。徒歩での「サンレパス ルート8」往復を考えると、とても非効率。しかも困ったことに、自宅からのJR信越本線との乗り継ぎは絶望感を覚えるほど、悪い。
駅あるいはその近辺で長時間待つ事態は避けたい...。されど時刻表を読み込んだ甲斐あって、いつもより30分早起きするだけで、かなりエレガントに解決する方法を見出しました。(後日一部をご紹介予定)
というわけで列車4本を僅かな時間で乗り継ぎ、浦本駅に辿り着きました。1枚目の写真は、上りホームから通ってきた東側の浦本トンネルを見ているところ。これは昭和30年代に開通した北陸本線の新線区間(複線)。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
旧線(単線)は、この付近から左側にカーブし、海沿いの険しい崖の下を通っていました。なお、左奥に日本海が見えています。
線路下の通路を通って駅舎前に出て撮影したのが写真。駅舎の背後、かなり高い場所に線路とホームがあることがわかります。ちなみにトイレはありません。
ほぼ毎週、この駅舎を横目でチラリと見ていましたが、この地に降り立つのは初めて。今日の当地は夜まで雨が降り続きました。ただし風が弱い──だからこのルートを選択した──ことはわかっていたので、折り畳み傘を差して20分ほど歩き、「サンレパス ルート8」到着。
実はこのお店、評価がどんどん上昇しています。今回、帰りの列車までに十分な時間的余裕を見ているのですが、もしかすると変更を強いられるかも...覚悟しながらお店に入ると、おぉ、お昼時にもかかわらず、先客は4組だけ。
やれやれ。1年弱ぶりに「鶏の唐揚げ定食」をお願いします。
驚いたのが価格。このボリュームのまま600円据え置きです。店内を改めて確認すると、ほぼ以前のまま。変わっていたのはカウンターに上から吊り下げられていたビニールシートが撤去されていた程度。
スタッフの女性が、誰に配膳すべきか混乱するもの以前のまま。(つまりお客を覚えていない)それはともかく、15分ほどで定食到着。
よぉーく見ると、副菜が少しだけコストカットされていました。でもそれを言い出したら、かつて付いていたレモンあるいはグレープフルーツは早い段階でなくなったんだし。肝心のお味は、もちろん以前のまま。
ホントに美味しいと思う。課題のタンパク質補給も同時に達成。ごちそうさまでした。
雨の中を歩いて浦本駅へ戻り、高齢者のためにお土産を購入すべく少し寄り道をして帰宅。...と、これだけなら昨日同様、ただの自慢話と思われるかも。でもこの間、実はいろいろ気づいたり、考えさせられる場面がありました。
これが現実。明日以降、いくつかをご報告させていただこうと思っています。