2024年2月3更新(2024年2月11日ページ移動)

──2024年1月第5週〜2月第1週のニュース──

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2月3日(土) 会社の収益と公共性のバランスがポイント ──JR乗継割引廃止の背景と代替策──

 2日続けて鉄道の話題。ただし内容的には、あまり繋がっているわけではありません。

 昨日、JR各社の「乗継割引」廃止についてお伝えしました。そもそも鉄道の利用形態が変わりつつあることを受けて、この仕組み──というより救済制度──は縮小傾向にあったのです。例えば岡山駅での新幹線と在来線の乗継割引はすでに昨年廃止に。
 制度の廃止そのものを全国規模で進めようというのが今回のダイヤ改正。

 利用者数で考えた場合、今回、影響が最も大きいのは関西、中京地域と北陸を結ぶ(旧)北陸本線。かつては特急「サンダーバード」あるいは「しらさぎ」を利用すれば、乗り換えなしで富山まで乗車可能だったのです。(特急「白鳥」は青森、夜行寝台特急「日本海」1、4号は何と、函館(!!)まで乗り入れ)
 「サンダーバード」の一部は和倉温泉まで直通。(ただし金沢で大半の車両を分離)

 北陸新幹線の金沢延伸で富山は乗り換えが必要になりましたが、それでも和倉までは乗車可能。

 しかし今回の敦賀延伸で、金沢および和倉温泉も乗り換えが必要に。ここで乗り継ぎ割引がなくなるのは、チト痛い。敦賀駅の乗り換えも混乱しそうだし。
 ...ただしこの感想はおそらく、利用者の視点からのもの。

 JR各社(この場合はJR西日本)からすると、おそらく「ぜひこの機会に...」と考えているように思えます。根本にあるのは間違いなく、収益の確保。
 誤解されると困るのですが、決して収益確保を否定しているのではありません。

 鉄道各社は鉄道が公共性の高い事業だということは良く認識しています。他方、公共性をむやみに優先したら事業そのものが成り立たない。ポイントは要するに、両者のバランス。
 そしてこの点こそ、立場によって意見の隔たりが大きくなりがち。

 各社に大きく舵を切らせたのは間違いなくコロナ禍。もちろん一時的に利用客が劇的に落ち込み、収入は減少しました。でもそれはおそらく、問題の一部にしか過ぎないはず。
 例えば在宅業務や遠隔授業を通じて、人々は「必ずしも鉄道で移動しなくても...」ということに気づいてしまった。

 もちろんコロナ禍を抜けた現在、利用客はかなり戻っていますが、以前の予測モデルはもはや成立しない。つまり鉄道各社にとって、企業が存続することによって公共性を何とか維持する方策を見つける必要が。
 当然、赤字路線の廃止がその対象に挙げられるはずですが、今回のテーマから離れるので、今日はパス。

 もしセンセイが当事者、つまりJR各社の側だったら、それ以外の方策の一つとして事業の細部を見直し、ちょっとずつ収益を確保すると思う。チトせこいようですが、価格はそのままで内容を少し減らす「ステルス値上げ」のイメージ。
 乗継割引廃止も、おそらくその発想。

 旧北陸本線は、大都市圏には敵わないものの、ドル箱路線(と言うと、言い過ぎかも)。ビジネス客だけでなく、和倉温泉などへの観光客も多く利用します。北陸新幹線延伸という派手なニュースの陰で揉み手をして...という感じ。
 前振りが長くなりましたが、写真は当地に関するニュース。

 JR東日本は先日、当地を走る特急「しらゆき」に関して「しらゆき『特急トクだ値1』」を新設すると発表しました。特急「しらゆき」は県都新潟市と中部の長岡市、そして西部の柏崎市や上越市、妙高市を結ぶという役目を持っています。
 同時に上越新幹線と長岡駅で、また北陸新幹線と上越妙高駅で接続し、新幹線と県内各地を結ぶという役割も。

 もちろんセンセイは主に上京する際、数え切れないほど乗継割引を利用してきました。当地と乗換駅の長岡駅は割と近いので、各駅停車もそれなりに運行されています。つまりこのままでは「しらゆき」の利用客は減るばかり。
 実際、盆と正月そして連休を除けば、「しらゆき」はガラガラ──特に指定席──なのです。

 そこでJR東日本新潟支社は救済策として、30%引きもの「しらゆき『特急トクだ値1』」を設定。しかし同時に、もっと安上がりの「しらゆきW(ダブル)きっぷ」および「しらゆき・北陸往復きっぷ」は廃止。
 「しらゆき」と直接には関連しませんがほぼ同時に、何回も利用した「えちごツーデーパス
大人の休日倶楽部会員用を含む)も値上げされます。

 意図は良くわかるのですが個人的には、発想がどうしても後ろ向きという印象を持ちます。なお現実的な問題として、個人的にはこれらの点について「ジパング倶楽部」を使用した方が低コストで乗車できます。
 問題の本質は、ちょっと別なところに。

 実はこの事態、23年前に地元紙に投稿してトップで掲載されたセンセイの見解と意見そのもの。そのころはまだ「しらゆき」相当の特急および快速列車は乗車率が高かったのです。しかし今や、往時を思い出すのが難しいほど。
 減便が利用客を減少させ、それがさらなる減便へ。

 ただし偉そうなことを言っていても、うまい打開策を思いつかないこともまた、認めざるを得ません。

 実に難しいところです。



2月2日(金) 7年ぶりのJR横長乗車券 ──機会を見つけて、徐々に「暇乞いの旅」を始めます──

 本当はもっと早くお伝えするつもりだったお話。

 サブタイトルの「暇乞(いとまご)い」は、お別れをする、あるいはその挨拶をするという意味。場合によっては人生の暇乞いをする、つまりこの世を去るという使われ方も。ただしセンセイの場合、健康状態は概ね良好。
 大腸のポリープも2回切除したし。

 現在のところ、不慮の事故に遭ったりしない限り、もう少しこの世に存在できる見込みなので、最後の意味で用いているわけではありません。今回、センセイの覚悟(?)の対象となっているのは鉄道旅行。
 ご存じのようにセンセイは昨年度で退職し、現在は無職。

 あまり多くない年金──学生時代が長かったため──と非常勤による賃金が、所得のすべて。

 当然、退職後は生活パターンを全面的に変更する必要があります。果たしてどうなるか...と心配していたのですが、少なくともセンセイ個人については、比較的上手く対応できているように思われます。
 う〜ん、これって現役時代の最後はほぼ引退状態だったということかぁ?

 それはともかく、見直しの大きな対象の一つが、鉄道旅行。

 現役時代は休日ないしは出張の前後に休暇を頂戴して単身、あるいは子供連れ(こちらこちら)で日本全国を出歩きました。ご存じのようにJR各社線については東日本の一部路線を除き完全乗車済。(いくつかの廃線を含みますが、西九州新幹線は未乗)
 東日本に残された未乗区間は首都圏だけなのですが、何しろ利用者が多いため、なかなかその気になれないというのが本当のところ。

 堪能させていただいた鉄道旅行ですが、退職後は自制が必要。目安は昨冬も使った企画乗車券を使って、年に1回程度数日の一人旅に出る程度、と考えていました。
 お気づきと思いますが実は、昨年の北海道ツアーは退職記念旅行を兼ねていただけでなく、「暇乞いの旅」第一弾。

 旧根室本線および函館本線(通称「山線」)それぞれの一部区間へのお別れの旅だったのです。ただし両線については、運営するJR北海道の事情によるもの。
 でもこれからは主に、センセイがいつまで旅行できるかが問題に。

 そこで、一部繰り返しになりますが、これからは年に1回程度、割安な企画乗車券を使って...と考えていたのです。そこに春のダイヤ改正に関する情報が。
 最も大きな変化は、北陸新幹線の敦賀延伸。

 これに伴い、北陸地方の交通体系が大きく変化します。でもそれ以外にも変わるものが。一つは「乗継割引」(通称「乗割」)の廃止。新幹線と在来線を乗り継ぐ場合、在来線の特急料金が半額になるというもの。
 例えばセンセイの場合、最寄り柏崎駅から新幹線乗換駅の長岡までの特急料金に適用されます。

 個人的には影響が大きいのですが、コロナ禍による鉄道利用客の減少を考えると、止むを得ない面も。また、「乗継割引」は在来線だけだった時代から新幹線に切り替わった際の救済措置という面があります。
 つまりJRの収入面の問題だけでなく、社会も大きく変化しているので、ま、しかたない、と思う。

 この他にも、情報を読み込むとダイヤ改正でいろいろなことが変わることに気づきました。結論からお伝えすると今回は特別に、ダイヤ改正前に写真の乗車券類を使って「旅」に出ます。先日、柏崎駅で「ジパング倶楽部」を使って発券していただきました。
 決して、このツアーのために「ジパング倶楽部」に入会したわけではないのですが。

 柏崎駅で対応してくださったのは、若い女性駅員。

 最初は意味を理解できなかったようですが、やがて(ほぼ)パニックに。こちらとしては意地悪をしているわけではないので、「後ろのお客さんを先に...」とお伝えしたのですが、もはや、聴く耳を持たない。
 できるだけ表情を顔に出さない──ただし、バレバレ──ように、発券機(「マルス」)に向かっていたのですが...後の展開はお察しの通り。 

 やがて中堅の諸君お二人が分担して彼女の補助や、他のお客さんの誘導に。結局、2時間かけて主要部分を発券していただきました。

 注目していただきたいのは最上段、中央の乗車券。他の乗車券や特急券より横長。長く複雑な乗り方をする場合に発券されます。センセイ個人としては、2016年9月以来、7年半ぶりとなる横長の乗車券。
 なお、この切符自動改札機に対応していません

 ちなみに、寝台特急券──現在ではほぼ死語──は、こちらこちらのように横長。また枚数的には、ご紹介した子連れの旅を除けば、最多枚数は2008年の全国ツアー。次点は14年前の東北ツアー
 それらに比すれば、10枚なんて少ない方。

 果たして旧根室本線および函館本線(いずれも一部区間)に続き、センセイはどこを目指すのか。また、その理由──大きく3点──は何か。続きは約1ヶ月後となります。

 ...その頃にはもう、忘れられているかも。



2月1日(木) 能登半島、こんなに動いたんだ... ──国土地理院の地殻変動情報が公開されました──

 能登半島地震から、今日で1ヶ月が経過。

 地震が発生した16時10分、センセイは自宅の書斎にいたので、発生時刻に合わせて静かに黙祷しました。同時に、現時点で当地から、これ以上ほとんど何もできないことにもどかしさを覚えます。
 今回の地震、当地も決して無縁ではありません。

 一つには程度はともかく、石川県内および富山県内の知り合い、拙宅(こちらこちら)、そして実家および娘夫婦など新潟県内在住の関係者が被害を受けています。しかしそれだけには留まりません。
 実は専門家の一部が、「佐渡付近[佐渡と能登半島の中間]に『割れ残り』があり、1ヶ月以内に地震が発生す可能性が...」と指摘。

 地震直後にNHKが全国ニュースのトップで報道したため、ご存じの方もいらっしゃるはず。その後も、県内ニュースのみならずFNN動画)やANN動画)などが、繰り返し伝えています。
 その地震が発生した場合、新潟県内の海岸に押し寄せると予測される津波の高さは最大3mとのこと。

 津波は通常の波と異なり、海水の塊が押し寄せるため、当地の海岸沿いに広がる高さ10mくらいの砂丘を越えるかどうかという、非常に深刻なレベル。
 報道はなぜか震度に触れていませんが、当地を含む新潟県西部は震度6〜5強程度になるはず。(佐渡はもっと深刻)

 このため当地では被災地の状況のみならず、続い自分たちの地域で発生するかもしれない大災害に戦々恐々とする日々が続いているのです。
 でも、その場合、最も重要なのが基礎となるデータ。

 実はつい先日、国土交通省国土地理院の地殻変動情報表示サイトのデータ(右図)が更新されました。(拡大写真(別ウィンドウ、1266×961))((c)国土地理院)
 地震前後での地殻の動きが、一目瞭然。

 このサイト、反応の鈍さが難点ですが、有益な情報を得ることができます。図は水平方向だけですが、垂直方向の動きも表示可能。それによると、今回は逆断層型の変動だったため、能登半島を中心として日本海側は概ね隆起。
 でも、よぉーく見ると、能登島など能登半島中部および加賀は沈下しています。

 支援に駆けつけた船舶が七尾港に無事接岸できたのは、このためだったんですねぇ。ただし素人には、これが限界。後は、得られた情報から何を為すべきか、個々人が判断するしかありません。
 ご紹介した前述した報道についても同様。

 専門家が提示したデータをそのまま解釈──つまり希望的観測はできるだけ排除──すれば、能登半島東側より、半島の西側、つまり金沢など加賀に近い部分の歪みが大きくなっているように思えます。
 その後の余震域の分布についても、個人的には同じような印象を持ってます。

 で、結論はというと、(可能ならば建物の耐震対策を施した上で、)家具の固定など建物内の耐震対策、そして残念ながら地震が発生した場合に備えた日頃の対応などという、ごく当たり前の対策になってしまうのですが...。



1月31日(水) こちらは午後三時ではなく... ──北帰行前の白鳥の群れが、英気を養うべく午睡中──

 予定を変更して見たまま、そしてタイトル通りのお話。

 昨日の午後、ちょっと変な時間に母親から電話があり、いつもの週末ではなく今日、両親の食料を調達すべく実家へ赴くことに。お昼のニュースを聞きながら車を走らせます。昨日、今日と、冬の北陸とは思えない天気。
 朝は放射冷却で最低気温-1.9℃まで冷え込みましたが、日中は気温がどんどん上昇して、当地の最高気温は12.1℃。

 実家から母親を乗せ、彼女の愚痴を聞き流し──姉弟も多くが亡くなり、愚痴を話す相手がセンセイ以外にいない──ながら車を進めていると、やっぱり。実家での用を済ませてから、もう一度現場を訪れて撮影したのが写真。
 昨年末もご紹介した越冬中の白鳥の群です。
(ただし同一の個体群かどうかは不明)

 もしかして...と思いつき、出発前に望遠レンズを装着した一眼ミラーレスを積み込んできたのです。幹線道路から離れた場所に60羽くらいが、まとまって羽を休めています。(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))
 なぜ狭い場所に集中して...と訝(いぶか)ったのですが、もうおわかりですよね。

 良い天気が関係しているのかもしれませんが、周囲の田圃にはまとまった水がありません。でもなぜか、この田圃だけは水が湛(たた)えられています。
 空気と並び、水は生物にとって最も重要な要素ですからね。今回初めて理解しました。情けない。

 それはともかく、以前から気になっていたことが。それは白鳥の「表情」。もちろん哺乳類ではないので、顔の表情などはわかりません。せいぜい首と目の動きでどこに注目しているかがわかる程度。
 でも慣れてくると、身体全体が発している表情がある(らしい)ことに気づきます。

 何より、昨年末と比べると緊張感が全然違う。

 前回は、センセイに近い白鳥が首を持ち上げてこちらを警戒していました。今回はほとんど、そんな動きがありません。もちろん今回は、50m位離れた場所に止めた車中から撮影したことも大きいはずなのですが。
 また前回は水中(あるいは土中?)の餌を啄
(ついば)んでいる白鳥が多かったのですが、今回は少数派。

 まるで昨年はお食事中で、今日は昼食後の午睡の時間という雰囲気。鳥類が昼間に眠るのかどうかは知りませんが。そもそも昨年末の写真と比べると、今日の方がずっとふくよか。
 30年くらい前、新潟市内──今回の地震で液状化が発生した地域──に住んでいる時、道路脇で餓死した多数の白鳥を見たことがあります。

 大雪とあまりの寒さで、田圃が完全に雪で覆われ、食料を確保できなかったためです。雪原の上をヨボヨボと歩いて──飛ぶ力もなかったと思う──いる白鳥たちの、やせ細った姿を思い出します。
 考えてみれば白鳥の北帰行も、そんなに遠くない。

 脱落者も発生するであろう過酷な長距離飛行に備えて栄養を蓄えて英気を養うべく、ちょっとだけお昼寝中。撮影している側の「午後三時」とは、意味合いがまったく違うらしい。邪魔をするつもりはないので、車を走らせます。
 その途端、舗装区間の連続する段差に驚かされます。もちろん地震の影響。

 能登半島地震から、明日で1ヶ月を迎えます。



1月30日(火) 日本海縦貫線の新旧主役が揃い踏み ──春のダイヤ改正、予想より大きな影響が...──

 写真は、寒い日の朝に撮影したもの。

 柏崎駅に向かって歩いていたら、構内に列車の前照灯だけが2灯見えました。遠くだったので車両の詳細は不明。ただしライトの色はLEDの白色光ではなく、最近では少数派となったタングステン色。
 やがて車体の色を判別できるように。

 赤色です。

 つまりEF81型交直両用電気機関車(写真中央)。牽引している車両はなく、単機で待避側線に停車中。まず間違いなく、以前ご紹介した「霜取り列車」。
 ホーム上に居合わせた若者二人が機関車に気づいて、スマートフォンで撮影開始。

 以前は毎日何回も見ていたEF81ですが、後述するように廃車が進行中。そこでセンセイも鞄から小型カメラを...その時、奥から列車がやって来ました。
 JR貨物のEF510機関車が牽引する名古屋発新潟行の貨物列車です。
(拡大写真(別ウィンドウ、1280×960))

 EF81脇の下り本線を、轟音を立てて通過します。その迫力で若者は少し後ずさり。考えようによっては、2両の電気機関車の関係は若者とセンセイのそれに似ているかも。
 両機関車は、日本海縦貫線の新旧主力機関車。

 停車しているEF81は国鉄末期からJR民営化時代に製造され、長年、貨物列車だけでなく、夜行寝台特急なども牽引してきました。ただし、さすがにロートル。
 現在、JR貨物所属機は日本海縦貫線から完全に撤退し、全車両が廃車。
(ただし富山機関区に1号機のみ留置

 「じゃぁ、写真のEF81は...」というと、こちらはJR東日本所属。かつては一部区間で貨物の運行に従事したりしていたのですが、それが終了した現在も「甲種回送」と呼ばれる、例えば製造直後の車両の運搬や工事車両の牽引、そして、霜取り列車などに当たってきました。
 ただしさすがに、それも終わりが近い。

 甲種回送や工事車両の牽引については、こちらこちらのように電車(?)化が進行中。つまり、まだ少し働いてはいるものの、第一線は退いています。う〜ん、これって現在のセンセイと同じじゃん。
 まぁ、センセイは4月からは非常勤を再開しますが。

 他方、その代替として20年ちょっと前にデビューしたEF510は何と、現在も製造を継続中。

 季節はこうやって静かに、しかし確実に進んでいくんですねぇ...。「季節」と言えば、春には列車ダイヤ改正が。当地に関係するものとしては、ご存じのように北陸新幹線が敦賀まで延伸され、開業します。
 定期列車についてはダイヤ(JR東日本JR西日本)も発表済。

 改正内容の概要が発表された12月以降、各社の変更内容を確認していたのですが、細かい部分で予想外の変更も。

 う〜ん、これは、3月のダイヤ改正前に...。(たぶん、続く)



1月29日(月) 久しぶりに会った時、まず話題になるのは... ──拙宅無基礎部分で地盤沈下を確認──

 ...もちろん「地震の被害、どうでしたか」。

 時系列的には、昨日の続き。

 冬用タイヤへの交換以来2ヶ月ぶりにディーラーを訪れたのですが、開口一番、お互いが口にしたのは地震。担当者のご実家は新潟県西部の上越市だそうで、そちらの状況を含めて情報を交換しました。
 能登半島地震から今日で4週間、つまり約1ヶ月が経過。

 地震の翌週、通院する母親を迎えに行くため車を出したのですが、動かし始めた途端、違和感が。それも複数回。状況からして問題はおそらく車にではなく、自宅進入路に。彼女を病院に送り届けてから撮影したのが写真。
 自宅建物は右奥。

 写真の右上部にあるのは玄関ポーチ。この部分は拙宅基礎の四隅および長辺の中間の計6カ所、それぞれ2本ずつ打ち込んだ長さ7mのパイルと繋がり、一体化されています。
 従って、液状化による地盤沈下や不等沈下にはかなり耐性が。

 写真の左側は、コンクリート張りの車庫および進入路(写真手前)。お伝えしたように、コンクリートは引張(ひっぱり)力に弱いので、逆の特性を持つ鉄筋と組みあわせています。
 ただし建物本体の構造と異なり、基礎は存在しません。

 長年の汚れなどに注目しながら写真をよぉーく見ていただくと、どうやら左側は基礎に対して10mm程度沈下しているらしい。それも、玄関に近い部分(右側)はあまり動かず、左側で沈んでいる(らしい)。
 写真には入っていませんが、この部分のコンクリート板の左端はおそらく20mm程度の沈下か。

 黒い樹脂製のスペーサーの部分から先には、自宅と一体化した車庫の屋根が。向かって右側は相対的に沈まず、左側の、基礎が存在しない部分は沈下。(これはほぼ確実)
 従って、車庫の屋根部分には歪みが掛かっています。

 丹念に確認したのですが、少なくとも外見については、割れなどの被害は確認できませんでした。おそらく、木材の接合部分や外壁のコーキング部分などで歪みを吸収しているようです。ただし影響が積み重なっていることもまた、確か。
 で、出発時の違和感。

 原因は鉄筋を配置したコンクリート板の不等沈下と、間のスペーサーが浮き上がったためのようです。拙宅の場合、進入路は4枚のコンクリート板から構成されており、ここから先の車庫は、大きな1枚のコンクリート板。
 繰り返しになりますが、それぞれの板には鉄筋が入っているので、ひとまずそれぞれの板は無事。

 ただし基礎が存在しないので、それぞれが揺れで勝手に動き、しかも軽量のスペーサーが軽い液状化で浮かび上がった...。この異状が能登半島地震本体によるものなのか、9日に佐渡付近で発生した大きな余震によるものなのかは不明。
 1日の地震直後はこの状況を認識していなかったのですが、入ってくる情報量が多すぎて、見落としていた可能性も高い。 

 市内の被害(およびこちらこちら)についてはひとまず、お伝えした通りです。新潟県内の罹災(りさい)状況については報道にあるように、確認された住宅被害の総数は1,100棟を超えています。
 この数値がさらに増加することは、確実。

 拙宅も、被害は決して顕著なものではないものの、これまで繰り返されてきた大きな地震によるダメージが静かに、しかし深く、しかも確実に蓄積されつつあります。

 もちろん能登の被災地が強(し)いられている状況に比べたら、取るに足らないものなのですが。



1月28日(日) 老人と、手作りのおにぎり ──隣の市にある「リバーサイド千秋」を訪れました──

 今日はお昼に、自動車で隣の長岡市へ。

 市内のディーラーで、保険の手続とタイヤの履き替えについて相談するためです。「履き替え」というのは、夏/冬用タイヤの交換──もちろん4月に実施──ではなく、摩耗し、かつ硬くなった夏用タイヤを新品に交換すること。
 予定より手間取りましたが、こちらについては無事完了。

 この機械を利用して、近くのモール型ショッピングセンター「リバーサイド千秋」へ。ここはユニー(株)が運営する、県内では2番目の規模となるモール街。(写真)
 館内の映画館へ家族を乗せて来たことは数回あります──センセイは別途、単独行動──が、滅多に訪れない場所。

 今日は日曜日で、走行する車も多い。走り慣れていない道なので、本当に慎重にハンドルを握りました。実際、駐車場もほぼ満車。やっとで車を収めました。
 センセイは人混みをあまり好まない方。

 それにもかかわらず訪れたのには、それなりの理由が。

 ご存じの方も多いと思いますが、センセイはふだんジーンズを履いています(深い意味はない)。体型の関係で、国産EDWINブランドの同じ型番のもの(色違いあり)を愛用しています。
 ところが人口、つまり顧客減少のためと思われますが、柏崎市内に2店あったジーンズ店が相前後して撤退。

 調べたところ、この「リバーサイド千秋」内のお店でEDWIN製品を取り扱っていることが判明。そこでこの機会に訪れたという次第。左隣(写真には入っていない)から渡り廊下で店内へ。
 基本的には、良くある大規模ショッピングセンター。

 多くの人が行き交っています。目立つのは高校生くらいの若者の集団と、若いファミリー。もちろん老人もいますが、それほど目立ちません。イメージ的には、大半の方がこの世の春を堪能しているという感じ。
 こちらは「人生の午後三時」
──C. G. ユンクの『無意識の真理』(Uber die Psychologie des Unbewesseten)に由来──すら過ぎつつあるのに。

 それはともかく、入口のフロアマップで目的のお店を探します。品数が多く迷っていると、店員さんが声を掛けてくれました。用件を伝えると、「残念ながら当店では...」。確かに、EDWINブランドが置かれているのです。
 ただし、センセイが望んでいた製品シリーズは取り扱っていない、とのこと。

 近いデザインの品をいくつか購入してから、採寸していただきます。後日、仕立て後の品を受け取りに再訪するつもりだったのですが、おぉ、「30分で...」とのこと。考えてみれば確かに、お店にとってはその方が効率的だ。
 というわけで異邦人
(“L'etranger”)は、店内をしばらく徨(さまよ)うことに。

 午前中に外出していたこともあり、小腹が空いています。そこで店内のスーパーで軽い食べ物をちょっとだけ購入して2階の広いフードコートへ。時刻は2時過ぎ。混雑していますが、満席というわけでもない。
 空いているテーブルを探し、椅子に座ります。

 改めて周囲を見渡すと、まず目立つのは若者達とファミリー。ここで遅いお昼を頂いている方も多い。でも、よぉーく見ると、高齢者の姿も。窓際で、テーブルの上に荷物を置き、無料の水かお茶を飲んでいる男性。こちらについては程なく、連れ合いの方が。
 ご夫婦で買い物をされた後なのでしょう。

 賑やかな男子高校生5名が目の前のテーブルに着席。ふと気づくと、低いパーティションの向こうから高齢の男性が「中学生?」などと話しかけています。第一印象に相違して素直な生徒諸君、問いかけにちゃんと応答しています。
 すると老人が、手作りのおにぎりを1個差し出しました。

 ラップで包装されています。彼が作ったのか、ご家族によるものなのかはわかりません。しかし店内で販売しているものでないことは確実。つまり彼は(ほぼ)毎日おにぎりを持参し、憩いの場であるフードコートで時間を過ごしているはず。
 つまり、もはや彼の生活の一部。

 改めて周囲を確認すると、あちこちに同じような姿が。本を読んでいたり、老女がイヤホンで何かを聴いていたり。

 ふと思い出したのは、都内で見た光景。駅に直結した小田急ビルの、その各階エスカレーター出口付近に配置されていた椅子に座っていた──空席はなかった──高齢者の、ぼんやりとした表情そのもの。
 ここまではたぶん、非常に誤解を招きやすい記述。

 センセイは決して、高齢者を批判しているのではありません。お伝えしたいのは、今まで(目に入っていても)気づかなかった、つまりちゃんと観ていなかった高齢者の姿を、やっと理解できるようになった。
 言い換えると、センセイが元気な若者やファミリーの側から、高齢者の側に回りつつあるということ。

 そう遠くない将来、次の人は「ぼんやりとした高齢者のセンセイ」を見出すはず。でも、ま、いっかぁー。

 老いるということは、それはそれで楽しいし、今まで見えなかったことを観ることができるようになることもあります(ただし、その逆も真なり)。ジーンズ3本を受け取り、約30km走行して自宅へ。
 帰宅後に調べてみると、市内で閉店したお店は現在、逆方向(西隣)の上越市内で営業しているとのこと。

 もし「次」があるとしたら、上越市だな。何年後になるかはわかりませんが。

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